1.「俺の補佐はお前だ」

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1.「俺の補佐はお前だ」

入社してからずっと、会社のすみっこで雑用ばかりだった。 備品の管理、資料のファイリング、電話対応に来客対応、人手不足の部署への手伝い。会社を運営していく上で欠かせない業務でありながら担当部署が決まっていない雑務のすべてが担当領域。 会社のなんでも屋さん。 それが総務部庶務課だった。 「蜂谷(はちや)、悪いが企画部に助っ人に行ってくれ」 「……はい?」 そう総務部長に言われたのは昨日。 今日から企画部のチームにアシスタントとして行かなくてはならないらしい。 同じ会社に勤めているとはいえ、フロアの違う企画部の人たちと一緒に仕事をすることは全くと言っていい程ない。 たしか同期がひとり企画部に異動していたとは思うけど、ここ最近顔を合わせた記憶もない。 「例のプロジェクトで総務からもひとり欲しいと言われてね」 「……なんで私なんですか?」 「天野の補佐が欲しいらしい。企画部の他のアシスタントは手一杯だそうでな。それに、お前なら問題も起こさなさそうだ。頼んだぞ」 総務部長が少し面白そうに笑ったのを見逃さず、私は臆せずその笑顔を睨んだ。 きっと最後の一言が私を補佐に送り込む理由に違いない。 ……天野さん。確か私の七つ上で、企画部のエースと呼ばれる天野翔(あまの しょう)さん。 キリリとした眉に男性では珍しいほどパッチリとした二重まぶた。少し薄めの唇。髪は落ち着いたダークブラウンに染められている。 中性的な顔立ちをより魅力的にみせる長身とスラリとした体躯は遠くからでも人目を引く。 抜群のルックスを持ち、入社二年は店舗統括部に配属。研修で様々な店舗を回り、商品開発課と共に新メニューを提案しメニュー化した商品も数多い。 さらに企画部に入社三年目で配属になり、ここでも多数の店舗の売上改善などの成果を上げ、若手では珍しく経営企画室にも呼ばれるほどの超エリート。 会社からの期待に大いに応え、三十一歳の若さで次期部長候補にまで上り詰めた。 きっとこの会社で知らない人はいないくらい有名人だ。我が社の最年少部長まであと一歩というのもあり、女性社員から絶大な支持を得ている。 社内、社外問わずとにかくモテる。イケメンで仕事ができる彼の近くで働く女性社員が仕事に集中出来ない程にモテる。 それはそれは女性にモテる男が、どんな女性に言い寄られても靡かない。 それどころか食事に誘ってきた女性社員を断った直後に、目の前で後輩の男性社員を誘って外にランチに出たりするほどだとか。 天野さんに邪険に扱われたのが許せないプライドの高い女性社員が「実はゲイらしい」なんて流した噂を信じている人もいるらしい。実際のところは、どうだかわからないけど。 とはいえ職場でそんなふうに信じられないほどおモテになる上司と、これからしばらく仕事で組むなんて。 私がイケメンとは関わりたくないと普段から豪語しているのを部長は知っていたはずなのに。 八月の終わり。夏の高校野球の決勝戦。球児たちの熱いドラマにひとりこっそり感動の涙を流しリフレッシュしたのは昨日のこと。 とんでもなく憂鬱な週のはじまりになった。
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