1.「俺の補佐はお前だ」

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最大の美点は男女とも圧倒的に既婚の社員が多く、面倒事に巻き込まれないこと。 会社に長く勤め、産休や育休を経た女性社員も少なくないため、庶務課の年齢層は比較的高い。 新入社員として庶務課に配属され三年目になった今も、後輩は入ってきておらず一番下っ端。そんな私を庶務課の先輩達はとても可愛がってくれる。 やりがいを持って仕事熱心というわけではないけど、同年代の女子と一緒に働くのが苦痛に感じる私にとっては、とても恵まれた環境だったのに。 それが急に……。 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんになるってこと?」 もうすでに庶務に帰りたい。 そんな絶望的な思いでつい新たな上司の目の前で呟くと、ぶふっと吹くように笑われる。 「俺専属のなんでも屋か、悪くないね。そんな捨てられた子犬みたいな目で見られても、しばらく総務には帰さないよ」 『愛嬌がない』の次は『捨てられた子犬』?! いくら上司だとはいえ失礼にも程がある。睨むように天野さんを見ると 「ふはっ! 尻尾立てて警戒してたかと思えば今度はじっと見つめてくんの? 忙しいね」 小馬鹿にしたような言い方に腹が立って、無言で天野さんのデスクをあとにする。 そんな最悪の気分で企画部助っ人初日は過ぎていった。 * * * 「『calando』との差別化を図ろうとすると、少し価格帯を高めにして高級感を出していくのが定石じゃないですか」 「それは誰をターゲットに?」 「立地的に流行に敏感なOLがメインでどうですか」 「そうなるとお一人様でもグループでも入りやすい感じで……」 思い思いに発言していく場の雰囲気は、社の一大プロジェクトの会議とは思えないほど明るい。 仕事を楽しんでいる人たちのプロジェクトにかける意気込みが伝わってくるようで、私は雰囲気に圧倒されていた。 それでもこの会議での決定が後の新店舗の事業計画書になるので、聞き漏らさないよう気を配りながら必死にタイピングする。 新店舗はオープン予定地が新幹線も乗り入れるターミナル駅近くということもあり、『仕事帰りにほっと一息つけるお酒も飲めるカフェ』という方向性に決まった。 ここからペルソナ作成、さらに詳しい市場調査と進み、販促戦略を練っていく。 会議が終わったあと、主に天野さんと動くらしい松本さんという企画部の男性社員が、同じく企画部で私の同期のキヨと一緒に挨拶に来てくれた。 「松本です、よろしくね」 「庶務の蜂谷です。すみません、こちらから伺うべき所……」 「大丈夫。これだけ大きなプロジェクトだと誰に挨拶するのかわかんないよね」 恐縮する私に爽やかに微笑んでくれた松本さんは私の三つ上。 中性的な顔立ちの天野さんとは違い、異国の血が混じったような濃い顔立ちのイケメンだった。 彼もきっとモテるに違いない。 さらに、キヨこと相田清正(あいだ きよまさ)くん。 「ハッチー! 久しぶり!」 新人研修で一緒の班になって以来勝手にあだ名で呼び、邪気のないニカっとした笑顔を向けてくれる同期。 野球に青春を捧げてきた彼はがっしりとした体躯に短髪。黒目がちな瞳が印象的なこれまたイケメンだ。 本来ならイケメンとは関わり合いになりたくないと思いつつ、研修中に高校野球の話で大いに盛り上がり、周りの反感を買わない程度に付き合いのある唯一仲の良い同期だ。 彼は今年から企画部に配属されており、天野さんに負けず劣らずのエリート街道をひた走っている。 「キヨ、お疲れさま。これから少しの間……よろしくね」 「ははっ、あんまりよろしくしたくなさそうな顔だね」 「うん。正直もう庶務に帰りたい」 ポロリと本音を漏らすと、松本さんが面白そうに私を見た。 「そんなこと言わずに。天野さんの補佐で仕事に打ち込める女の子なんて稀なんだから、帰られちゃったら困るな」 「そうだよ。まぁハッチーはイケメン嫌いだし、天野さんに見惚れて仕事が手につかなくなるなんてことなさそうだもんね」 決してイケメン嫌いというわけではない。ただ関わっていると面倒なことになるリスクが増えるので避けたいだけ。 それ故今のこのタイプの違うイケメンふたりと話している状況も、全くもって喜ばしくない。 曖昧に笑って会釈だけ返し、私は会議室を出た。
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