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「なんだったけ?」
私の手には、前に探していた不揃いになったトランプのカードハートの2が握られていた。
たしかタロットカードの小アルカナ、カップの2がその起源。仕事でも恋愛でも、パートナーとの仲を指すカード。喧嘩した後の仲直りや、二人の間の契約といった意味だった。と学生時代に覚えた事に思考がスライドしていってしまい、今は大切な物を探していたんだけど、なんだったけ。となっている真っ最中だ。
インターホンが鳴り応答すると、インターホンの画面に見知らぬ男性が映っていた。私が困ったのを察したのか、男性は数歩下がると、全身が映るようにクルリと回った。両手にはビニール袋。
「あ、今開けますね」
慌てて返事をして開錠のボタンを押した。ヘルパーさんに買い物を頼んだ事を、また忘れていた。
私は四十を過ぎてアルツハイマー型認知症を発症した。今はまだ短期記憶障害の段階で、十歳年下のヘルパーさんが簡単なお手伝いをしてくれている。
「あら、お花まで頼んでいたのね」
彼がテーブルに置いた荷物の中に、透明なシートに包まれた私の好きな花があった。
「これは喜ぶかなと思って勝手に」
「まあ」
優しい心遣いが、また私の心を熱くした。恥ずかしながら、年も離れヘルパーと患者という間柄であるのにも関わらず、私は彼に恋心を抱いてしまっていた。
冷蔵庫に食材をしまった彼は、花瓶を見つけると花を生けた。
「はい、お茶」
両手に湯呑みを持って来た彼は、一つを私の前に置いた。その指には光る物があった。
「ああ」
思わず自嘲ぎみに声を漏らした。
「どうかした?」
優しい彼の瞳に、私の口は気持ちまで言葉にしてしまう。
「もっと若かったら。こんなんじゃなかったら。あなたにプロポーズできたかもーなんて思って。来づらくなってしまったら、ごめんなさい。でも人として好き」
「ありがとう」
彼は少し悲しそうな顔をして、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕も好きだよ。だから何度でもプロポーズするよ」
驚く私の手を取ると、彼は指輪を取り出して私の指にはめた。
「あ、探してたやつ」
そして私は思い出す。目の前の湯呑みと彼の湯呑みが、大きさの違う同じ絵柄の色違いの訳を。
〈淡く深く〉
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