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圭一に一目惚れしたのは大学生のとき。自分の恋愛対象が同性であることを誰かに明かしたことはない。会社をやってる親は跡継ぎの兄に構ってばかりで、私のことにあんまり興味もなかったし。
同じ講義を取っていたことで、圭一とは仲良くなれた。同じ映画が好きだという理由で、映画サークルにも入ったし、彼の親友という立場はすぐに私のものになった。
映画サークルの後輩に、茅野が入ってきてからはつるむのは3人になった。圭一が茅野と付き合ったからだ。茅野はいい子だった。だから苦しくても悲しくても、3人でいるときの居心地の良さと比べれば私の圭一への恋心なんてどうでもよかった。
大学もそろそろ卒業を迎えようとしていたとき、茅野の妊娠が発覚した。同時に2人は大学を辞め、籍を入れた。
「あ、言っとくけど、これ別に悲しい話じゃないからね」
「わかってる」
「私も2人の結婚には心から喜んだし、それなりに2人の生活はちゃんとしてた。周りの大人だけがよく思ってなかったな」
圭が生まれてからは、たまに2人の家にお邪魔して圭の面倒を見たりしてた。2人とも共働きだったから、ちゃらんぽらんで出歩くばかりの私を乳母みたいに使ってた。でもそれが本当に楽しかったんだ。
「圭一たちの前ではずっと"俺"って言ってた。でも本当は、やっぱり羨ましかったんだろうね。圭一に愛されて、圭の母親になれた茅野のことが」
「…梓さん」
圭の5歳の誕生日、予約していたケーキを取りに行ってくると出かけて行った圭一と茅野。家で待っていた圭と私の元に、2人は二度と戻ってこなかった。
居眠り運転したトラックが2人の車に衝突したのだと、代わりに警察から連絡が入った。
「葬儀場で、圭一の親が茅野の悪口を言いながらあんたの手を引いてるの見て居ても立ってもいられなくなった。…ってのもあるんだけど」
「うん」
「圭のことを引き取れば、母親になれるかなって」
かわいくて強かった茅野。そんな茅野に圭一が惹かれる気持ちもわかったし、そんな茅野がいつしか私の中でも憧れになっていた。
圭を引き取れば、彼の母親になれる。髪を伸ばして、髭を剃って、素敵なお母さんに。
「茅野のかわいさには到底及ばないけど」
「ううん、母さんには無い綺麗さが梓さんにはあるよ」
圭を引き取ると決めてから、身なりを女性そのものにした。元から童顔で女顔だったことが功を奏して、そんなに違和感なく化けれたと思う。
親に会いに行ったときには、さすがに平手打ちを食らったが、それでよかった。圭の後継人になることと、それを認めてくれないのであれば家族の縁を金輪際切ることを断言して家を出た。
それから圭と2人で住む安いアパートを借りて、夜の街で働き始めた。
「おかげで一緒に寝てあげることもできなかったね」
「その間にエロいことは一通り覚えられたよ」
「ははっ、言うじゃん」
コーヒーを飲む私の隣で、ココアを飲む圭。座ってても、圭は私の身体の大きさを優に超えていた。
「…いい男になったね、圭」
「梓さんが育ててくれたんだよ」
「圭一にそっくり」
「父さんに似てるから僕に惚れたの?」
「いや、…うん、そうかも」
「ムカつく」
拗ねたように唇を尖らす圭の頬を撫でる。
愛おしい愛おしい、私の我が子。
「告白、嬉しかった。でも受け取れない。私は天国に行った時にあの2人に軽蔑されることが何よりも怖いんだ」
「大丈夫だよ。僕も一緒に謝るから」
「ふっ、頼もしい」
「梓さん」
マグカップを置いて、こちらに向き直る圭。その眼差しは圭一そのもので、私はこの瞳がずっと苦手で大好きで、本当は独り占めしたかった。
それが今、叶っているというのに、こんなにも苦しい。
「僕、梓さんが男性だってちゃんと認識してるよ。でも、梓さんのウエディングドレスが見たい」
「…っ」
「梓さんが僕の親であることをやめる気がないのはもうわかった。籍も入れなくていい。でも僕の隣で、指輪を嵌めて、ウエディングドレスを着てくれないかな」
「っバカ」
手の中でコーヒーが冷えていくのがわかる。それでも圭から目が離せなくて、気づけば泣きながら鼻水も垂らしてた。
死んだ後にあの2人にどう言い訳しようか。なんと言って謝れば許してくれるだろう。
そんなことを考えるくらいには、心は圭に揺らいでしまっているから、本当に情けない。親になる覚悟なんて口先だけで、圭を手放す最後の覚悟がどうしてもできない。
「梓さんが好き。ずっと、一生変わらないよ」
「…写真、撮るだけね」
せめて、この子の望みくらいは叶えてあげたい。そう思う私の心が親心だったらいい。そしたらあの2人にも言い訳できるから。
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