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3
シンバのお散歩コースは決まっている。
おじいちゃんとシンバが散歩をしていた、松ぼっくり公園の外周だ。
一回り半すると約三十分になる。
その外周コースには、朝の七時ころになると、犬のお散歩軍団がわらわらと湧いてくる。犬種は小型犬が中心だがさまざまで、飼い主は高齢者が多い。
まず気がついたのは、シンバの足取りが遅いことだ。
よく見かけるのは、飼い主よりも前に出て、リードがピンと張るくらい前へ前へといきたがる犬だ。
でもシンバは、よちよちというか、ゆっくり歩く。
信子と横並びになることはあっても追い抜かない。
そんな老犬でもないのに、なんでだろうと考えて、思い至った。
自分がおじいちゃんと歩くときも、そうしていた。
おじいちゃんは左足が悪くて、すこし引きずっていた。
だからスタスタ歩けない。
戦時中に悪くしたらしいけど、詳しくは知らない。
シンバがゆっくり歩くのは、おじいちゃんに合わせてだと思った。
はじめてそれに気がついたときは、もたもた歩くシンバが、おじいちゃんとかさなってちょっとセンチな気持ちになった。シンバの気づかいにも泣けた。犬なのに。
もう一つは、シンバが、ある犬にだけ好意的だということだ。
シンバは自分からあまりほかの犬に近寄っていかないのだが、白いポメラニアンには
「はっはっ」
と尻尾をふりふり近寄っていく。
頭に赤いリボンをつけたチャイちゃんだ。
チャイもシンバを気にいっているようで、他の犬にはキャンキャン吠えることもあるけど、シンバには優しい目をして尻尾をふる。
飼い主は、薄い紫の髪色の品のあるおばあさんで、いつもペイズリーのショールを羽織っているおしゃれな人だ。信子は、自分もこんなおばあちゃんになろうと、ロールモデルにしている。
言葉を交わすようになったある日
「最近、おじいさま見ないけどお元気にされてますか?」
そう訊かれ
「亡くなりました」
といったら
「え……」
と、動揺したように瞳を揺らした。
そして、下の瞼に涙を浮かべた。
何度か二人でお茶をしたことがあると知って、信子は驚いた。
公園にはマンションの住人専用のカフェがある。
来客用によく利用するらしく、おばあさんはそのマンションに住んでいるので、おじいちゃんと時々、お茶をしていたとのことだ。
こんなガールフレンドがいたとは。つるっぱげなのに。
自分が彼氏に夢中になって、寂しい思いをさせているんじゃないかと後ろめたい気持ちがあったのに、なんだおじいちゃん、やるじゃんと思った。
その反面、おじいちゃんに自分が知らない一面があったことが、すこし寂しかった。
知ってたら、二人で何話してるのとか、好きなの? とか、ちょっとからかったりもできたのに、もう、おじいちゃんはいない。
シンバがチャイに寄っていくのを、はじめは犬同士の相性かと思っていたけど、おじいちゃんとおばあさんの相性がよかったんだと腑に落ちた。
大翔との時間の、十分の三、いや、十分の二くらい、おじいちゃんに割り振ればよかったと思った。
そんなある日、遺品整理をしていたら、大変なものを見つけた。
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