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おじいちゃんは二階建ての一軒家に一人で暮らしていたわりに、遺品がたくさんあった。そのため、家族で手分けして、ゆっくり片付けることにしていた。
「ちょっとノブちゃん! ちょっと!」
母が段ボールを覗きこみながら、大げさに呼んだ。
母はなにかにつけて大げさだ。
父は母のそんなところを、可愛いと思っているようだけど、信子は品がないなと思っている。チャイのおばあさんなら落ち着いたやさしい声色で
「信子さん、すこしいいかしら」
と言うだろう。
母がお宝でも見つけたようにテンションが上がっているので、箱を覗くと、何枚ものC Dやファングッズが入っていた。
未開封のTシャツやペンライトまであった。
それは、松浦亜弥のコレクションだった。
「ええーっ?」
信子も母以上の声をあげて驚いた。
そして、この発見によって、十七年間の答え合わせができた。
それは、『信子』という、およそ平成生まれとは思えない名前の謎だ。
自分の名前はおじいちゃんがつけたと聞いていた。
なんでも、初孫だからと、知り合いの高名な占いの先生に画数とかを調べてもらって、『信子』が一番だ、これしかないと、強く押されて決まったという。
しかし、それは、どうやら嘘だったようだ。
コレクションのなかの松浦亜弥のC Dに、『風信子』という曲があった。
読みは『ヒヤシンス』だ。
母がC Dケースを開いて
「あら、谷村新司が作った曲じゃない」
と、感心していた。
おじいちゃんが、隠れ松浦亜弥ファンで、この風信子から初孫の名前をつけていたことが判明したのだ。
どうせなら『亜弥』でよかったのにと、信子は悔やんだ。
この名前のせいで、小学生のときイジワルな男子に、どれだけイジられたか。
遺品整理を中断して、母がコーヒーを淹れて、二人で風信子を聴いてみた。
とってもいい曲だった。
とくに、『悲しいこともあるけど、すべて意味があるんだね』
の歌詞が、おじいちゃんが亡くなったことと重なって、母と二人で泣いた。
ただ、曲は良かったけれど、『信子』という名前には、まだ納得できなかった。
その後、それぞれで遺品整理を再開したのだが、今度は信子が、おじいちゃんの新たな秘密を発見した。
それは古い布の巾着袋に入っていた。
信子が小学校の家庭科の時間に、キルトで作った袋だ。
袋の表にはフェルトの、おじいちゃんの似顔絵が縫い付けてある。
布はヘタって糸もほころびているのに、大切に使ってくれていたのだ。
袋の中は、便箋と万年筆だった。
便箋の表紙をめくると、三つ折りにした手紙と二枚のチケットがあった。
おじいちゃん字がうまかったな、と感心しながら手紙に目を通して、手紙とチケットをデニムのお尻のポケットにそっとしまった。
このことは母には内緒にした。
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