2人が本棚に入れています
本棚に追加
5
「これ、お手紙とミュージカルのチケットです」
マンションのカフェで、チャイのおばあさんに手渡した。
テラス席の前に広がる芝生に陽が射してきれいだ。
土曜日なこともあって、若い親子連れもちらほら。
のどかな週末の朝だ。
「ライオンキングに誘ってくれるつもりだったのね……」
おばあさんは、手にしたチケットにしみじみと目を落としていた。
とっくに公演は終わっている。
デートに誘うつもりでチケットを買っていたが、誘う前に亡くなったのだろう。
「うれしい……お手紙といっしょに、大切にするわ……」
紅茶をそっと飲み、香りを味わうようにすっと目を閉じた。
「信子さんのおじいさまは、ミュージカル俳優になりたかったのよね」
「え?」
そうなんですか、と言いかけて、飲み込んだ。
「だってシンバちゃんも、ライオンキングのムファサ王の息子のシンバでしょ」
信子がシンバの由来を訊いたときは
「柴犬のシバでシンバ」
といっていた。
オヤジギャグみたいでしょーもな、と思っていたが、違った。
「でも、若いときに足をお悪くされて、それで諦めたって」
知らなかった。
おじいちゃんとミュージカルに距離がありすぎて、すぐにはピンと来なかった。
言ってくれたら、一緒に見に行ったのに。
そう過ぎったが、他人の世話になるのが嫌いな人だったと思い直した。
わたしが察して、誘ってあげればよかったのかと、胸がちくりとした。
その後はおばあさんから、インドの話をたくさん聞いた。
おばあさんのストールは、インドの民族衣装のサリーの生地で、ペイズリーもサリーの柄なこと。チャイの名前も当然インドのミルクティーが由来なことなどだ。
今度、おばあさんのインドコレクションを、お家に見にいく約束までした。
信子からは、次のライオンキングの公演に、お誘いするつもりだ。
おじいちゃんは信子に、素敵な友達を残してくれた。
最初のコメントを投稿しよう!