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「これ、お手紙とミュージカルのチケットです」  マンションのカフェで、チャイのおばあさんに手渡した。  テラス席の前に広がる芝生に陽が射してきれいだ。  土曜日なこともあって、若い親子連れもちらほら。  のどかな週末の朝だ。 「ライオンキングに誘ってくれるつもりだったのね……」  おばあさんは、手にしたチケットにしみじみと目を落としていた。  とっくに公演は終わっている。  デートに誘うつもりでチケットを買っていたが、誘う前に亡くなったのだろう。 「うれしい……お手紙といっしょに、大切にするわ……」  紅茶をそっと飲み、香りを味わうようにすっと目を閉じた。 「信子さんのおじいさまは、ミュージカル俳優になりたかったのよね」 「え?」  そうなんですか、と言いかけて、飲み込んだ。 「だってシンバちゃんも、ライオンキングのムファサ王の息子のシンバでしょ」  信子がシンバの由来を訊いたときは 「柴犬のシバでシンバ」  といっていた。  オヤジギャグみたいでしょーもな、と思っていたが、違った。 「でも、若いときに足をお悪くされて、それで諦めたって」  知らなかった。  おじいちゃんとミュージカルに距離がありすぎて、すぐにはピンと来なかった。  言ってくれたら、一緒に見に行ったのに。  そう()ぎったが、他人の世話になるのが嫌いな人だったと思い直した。  わたしが察して、誘ってあげればよかったのかと、胸がちくりとした。  その後はおばあさんから、インドの話をたくさん聞いた。  おばあさんのストールは、インドの民族衣装のサリーの生地で、ペイズリーもサリーの柄なこと。チャイの名前も当然インドのミルクティーが由来なことなどだ。  今度、おばあさんのインドコレクションを、お家に見にいく約束までした。  信子からは、次のライオンキングの公演に、お誘いするつもりだ。  おじいちゃんは信子に、素敵な友達を残してくれた。
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