第1話

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 怜が買い物をすませて帰宅する頃には、薄暮の中にたくさんの灯りが浮かんでいた。手元の時計はまもなく午後六時。今日はずいぶん早く終業できた。おかげでゆっくり料理に浸れそうだ。  カードキーで開錠して家の中へ。この春に越してきたばかりのここは、ルーフバルコニー付きの高級マンションである。  五十二階。驚きの3LDK。  今流行りのデザイナーズマンションは、部屋の隅々までお洒落で眩しかった。  おまけに広い。すこぶる広い。  LDKで三十畳超えという桁違いの広さに、落ち着いて寛げるようになるまで、半年の時間を要してしまった。  このマンションを選んだ理由はふたつ。  ひとつは、怜の通勤に便利な立地だったから。そしてもうひとつは、セキュリティ面で非常に優れていたからだ。とくに後者は、と暮らすうえで絶対に欠かすことのできない要素だった。  パリッとしたスーツから、だぼだぼのパーカーに着替えてキッチンへと向かう。髪も緩くシュシュで結い直し、邪魔にならないように袖をまくり上げた。  帰りに購入した、いちごタルトと生チョコタルトを大事に冷蔵庫へとしまい込み、エコバッグから材料を取り出し調理にかかる。  最後にこれを作ったのはいつだったろうか。たしかそのときも、彼は「美味い」を連発し、嬉しそうに食べてくれた。  ちゃんと工程は覚えているだろうか。腕は鈍っていないだろうか。 「……よし」  気合い一発。  マカロニを茹でて、具を炒めて、ホワイトソースを作って。  ふたり分の真白いグラタン皿に盛りつけ、パン粉とチーズをたっぷりとふりかける。  キッチンに広がる、あたたかくて、まろやかな香り。おのずと顔が綻ぶ。  なんでもいいと言われてしまった。だから作る。  彼の好物のグラタンを。
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