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*13 浴場の睦み合い
降り注ぐ雨のような音が聞こえ、薄っすら湯気が立ち上るなか、僕と密は呆然と見つめ合っていた。
お互いの顔の輪郭をなぞるように雫がひとつふたつ落ちていく。雫が落ちた先には、隆起したシルエットが存在を誇示している。
ここを出なきゃ……頭ではわかっているのに、指先一つ動かせない。濡れた服地の下で熱を持つそれを隠さなきゃいけないはずなのに、それさえもできない。
何故なら、密が僕を捕らえるように見つめ、僕はそうされるのを望むように見つめ返していたからだ。
言葉にして交わしたわけではないし、あからさまな態度に出たわけでもない。でも、交わしている視線に多分に含まれているのはお互いに惹かれ求めている本能の想い――欲情だった。きっと、僕は密のにおいに捕らえられていたんだろう。
どれぐらいそうして見つめ合っていたのか。ずいぶん長いようでほんの数秒だったかもい知れない。
永遠にすら感じた沈黙をほどいたのは欲情から派生した熱の糸口をつかんだ口付けだった。
僕から密に触れたのか、密から僕に触れたのか。正確にはわからない。申し合わせたように言葉もなく相手に手を伸ばして僕らは絡まるように互いを抱きしめ、唇を重ねていた。
「っふ、んぅ……っは、あ」
足許ではお湯が出しっぱなしのシャワーヘッドが転がっていたけれど構わなかった。僕と密はそれまで食べることも飲むことも禁じられていた罪びとのように貪るキスをしていたから。
前触れに触れてくるキスもすっ飛ばし、触れた瞬間開きかけの口に舌が挿し込まれ絡ませられる。嬲るように舌が荒々しく僕の口中を乱していく。
濡れて張り付いたウェアの上を密の指先がなぞり、小さいながらも服地の上からもわかるほど硬くなった胸元をいじってくる。こねるようになだめるように、それでいてより欲情を引き上げるように、密の指先は触れてくる。
「ん、ッふ……ッはぁ、ん」
胸元に触れていない方の指先がそろりと硬く隆起した下腹部に触れた。濡れた服地をまとい、形を露わにしているそれを、密はそれごとしごき始める。
くちゅくちゅと小さな音が浴室に響いて耳につく。まるで触れられている躰を口に含んでもてあそばれているような錯覚を覚え、一層欲情が掻き立てられて自然と腰を摺り寄せてしまう。
「……ん、ぅ……密」
「薫さん……ここ、すっげぇ熱いよ」
ほんのわずかにインターバルを持って見つめ合った目はとろけていて、触れられている屹立の熱は密による手淫でより昂って先走りもこぼし始めている。音が、手の動きが大きくなっていく。
密は、どうなんだろう……ふと気になって密着している濡れた肌に手を伸ばすと、案の定彼のそこも硬く熱を持って隆起している。
密、アツくなっている……そう認識した時、またふわりと濃い甘いにおいが鼻先をくすぐった。誘うように漂うそれに惹かれながら触れた熱は、一瞬小さく震えながらも僕の手の中でより硬度を増していく。
「あ、んぅ、ッは、あぁ……」
「ッく、ッは、あぁ……」
お互いの躰の熱が昂っていることを確かめ合えた途端、貪るようにそれをより高めようとまさぐり始める。
もどかしそうに密が僕の濡れたルームウェアの中に手を突っ込んで引っ張り出されて直に触れてきたことで、より強く彼を感じてしまう。熱もにおいも留まるとこを知らないままに上がっていく。
熱をまさぐりながら、僕らは再び唇を重ねる。ためらいも迷いもなくケダモノのような獰猛さで互いを食べ合う。息継ぎをするのも忘れるほどに激しいキスは、脳を酸欠にさせて理性を死滅させていく。
キスをしながら時折思い出したように胸元に刺激が走る。服地の上から摘ままれて走る甘い痛みは僕を程よくとろかせてくれる。
シャワーヘッドから溢れる水の音なのか、それとも自分たちが触れ合う互いの躰の音なのかわからない。手の中で熱く硬くなっていく屹立に快楽を施すたびに返される甘い刺激が、僕らを理性のない酔いに沈めていく。
「ッあ、あ、あぁ! らめ、出う、っは、あぁ!」
与えられ続ける快感が膝の震わせ始めた頃、僕は限界を迎えてしまった。いやいやと幼い子どものように首を横に振りながらも、腰を自ら押し付けてしまうのが止まらない。無意識に密の首に片腕をまわして抱き着き、夢中で自分も密を扱く。
密の手が胸元から離れ僕の背に回されたかと思うと、ぐっと引き寄せられ距離が縮まった。熱く昂る屹立が触れ合う。
密の熱を感じたと思ったその時、大きな手が二人の屹立をわしづかみにしてより激しく扱いてきた。
「あぁ! っやぁ! あ、あ、あぁ、密、密ぅ!」
悲鳴じみた声をあげつつしがみつく僕の耳元に、そっと囁く声がした。
「――薫さん、好きです」
熟れた果物のにおいよりもとろけるような声で紡がれた言葉に、僕は射貫かれたように全身に快感が走り吐き出していた。震えながら夢中でしがみついた躰からも、やがて熱い白濁があふれる。
お互いの手のかなにほとばしる熱の残骸を感じながら、僕らはもう一度見つめ合ってキスをした。
唇を離して見やった密の顔はあの懐っこさのカケラもなく、僕なんて一瞬で喰らってしまうような雄々しい獣のようだった。
乱れた呼吸のまま濡れて汚れた身体をゆっくりと離していくと、段々と現実が甦ってくる。
そっと手放した白く汚れた身体を前に、密は深く頭を下げてきた。
「すみません……俺、とんでもないことを……」
「いや、僕の方こそ、ごめん……」
魔が差したにしてはあまりに淫らで衝動的な行動の結果に、どう言葉をかけていいかわからない。
とりあえず出しっぱなしだったシャワーを止めたものの、僕も濡れて汚れた格好なのでどうすればいいのかと途方に暮れてしまう。
俯きかけた僕の頬に、そっと密の手が触れてきて、顔をあげると懐っこいとはまた違うやわらかさを含んだ表情で密が僕を見ている。
「薫さん、俺、薫さんが好きです」
熱に浮かされていない今でも、密はためらいもなくそう告げてきた。真っすぐで迷いのない眼差しに僕は竦むような思いで見入られている。
「……それは、いまこういう事したから……」
抱き寄せようとしてくる腕をそっとほどきながら僕が苦笑して応えると、ほどきかけた腕を引いて寄せながら密は更に言う。
「いまエッチなことしからじゃないっす。俺は、薫さんが大切で……ずっと薫さんが――」
その先の言葉を受け取る勇気が僕にはなかった。ずっとと彼は言うけれど、そのずっとの間、僕は彼との約束を守れなかったし、それよりも前から金銭の授受を交えた肉体関係だって他の男と持っていたりもしている。
――こんな僕は、果たして彼に好かれてもいいのだろうか? 彼から大切だと思われていいのだろうか?
想いを告げられた喜びよりも僕は不安と申し訳なさの方が強く、熱い腕の中で戸惑う気持ちを抑えられない。
どう答えたらいいんだろうかと思い悩んで何も言えないでいる僕の頭に、そっと何かが触れる。顔をあげると、密が僕の額にキスをしてきた。
「薫さんの答え、聞かせてよ」
先程互いを貪るように求め合ったからか、密は僕の答えが前向きなものと信じて疑っていない目をしている。
僕はいままで誰かを好きになったり好かれたりした憶えはない。僕のオプション的な生い立ちやらお金やらに好意を示してすり寄ってくるようなやつらはイヤと言うほどいたけれど、僕自身を見てくれていた人はこれまで誰もいなかった。
だから、密がこうして僕に好きだと言ってくれたことは喜んでいいのかもしれないけれど……それを信じていいのかわからない。
彼だって、僕のことをそういう目で見ているかもしれないし、そうじゃないかもしれない。確かめたらいいのだろうけれど、そうしてそうだと言われてしまったら、もう密がここに来てくれなくなる気がした。それはどうしても避けたい気持ちが僕をためらわせる。
密の眼差しに同じようににこやかに返せたらどんなにいいだろう。手放しに僕も密が好きだと、大切だと言えたなら、良かったのに。
抱きしめてくる腕をそっとほどき、僕は何も疑っていない顔をしている密にこう返す。
「――ごめん、僕は無理だよ」
再びの沈黙が浴室を重たく覆い、僕は口をつぐんで密から目を反らせるしかなかった。
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