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*18 悪い酔いの果てに突き付けられたこと
「すっげー久し振りじゃね?」
メッセージが届いてから三十分ほど経った頃、風磨が僕の部屋に来た。手土産にと缶ビールを何本かコンビニの袋に入れてごく当たり前に上がり込んでくる。風磨の振舞い方が客にしてはあまりに堂々としていて、どちらが家主かわからないくらいだ。
リビングに入ってすぐにソファに腰を下ろし、さっそくビールを一本取り出して開ける。もちろん遠慮するそぶりもなく風磨はぐっと煽るように飲んで大袈裟に息を吐いた。
「薫も飲みなよ。黒ビール好きだろ?」
「あ、うん……」
「ほら、こっち来て」
立ち尽くしている僕の手を牽き、隣に座らせてビールを押し付けるように渡してくる。汗をかいた缶の半端な冷たさに指先が濡れるのも、しなだれかかるように身を寄せてくる風磨の酒臭い吐息も不快で仕方ない。でも、振り払うほどの気力もない。
本当は酒なんて飲む気分じゃないのだけれど、風磨は無言で飲むように圧力をかけるように見つめてくる。顔は笑っているけれど、その目は笑っていない。
やむを得ず僕はビールを開け、目をつぶってひと口を煽るように飲む。その姿を風磨がはやし立てるように手を叩いてみている。
「いいねぇ、いい飲みっぷりじゃん。もっと飲もうよ」
うなずく代わりに僕がさらにビールに口をつけて飲み始めると、風磨は更にはやし立てる。もうすでに酔っぱらっているのだろうか、やけに今日はテンションが高い気がする。
僕が飲めば風磨もビールを口に運び、そしてまた僕が飲む。そんなことをくり返していたら瞬く間に一本二本と缶が空いていった。
アルコールがとめどなく次々とほぼ空っぽな身体の中に注ぎ込まれ、溺れるように体内を満たしていくほどに鬱々としていた気分が薄れていく。しかしそれは決して愉快な気持ちを伴っていなくて、軽くなっていく気分とは裏腹に腹の奥底にある想いが冷たく沈んでいくばかり。それでも、僕はビールを飲むのを止められなかった。
風磨が持ってきたビールのほとんどが空になる頃には、僕はソファに沈み込むようにもたれかかっていた。
隣では肘置きの部分に同じくもたれかかっている風磨が機嫌よくにこにこした顔でこちらを見ている。
「……ずいぶん、機嫌がいいね」
自分でも酒臭いだろうなと思えるほどの吐息交じりで風磨に声をかけると、風磨は、「まあねぇ」とゆったり笑って身を起こす。
僕が背もたれに伸びるように座っている傍らに、風磨がじりじりと寄ってきてやがて腰をおろした。背もたれに頬杖をつき、相変わらずにこにこしている。
「久々だからな、薫とこうやって会うの」
「そうだっけ……」
「そうだよ。なんか最近やたらあの、チャラそうなヤンキー上がりっぽいハウスキーパーと一緒だったじゃん」
チャラそうなヤンキー上がりっぽい、その形容が密を指していることに僕はすぐに気付いて口をつぐんで目を伏せる。昼間、背を向けた時に投げかけられた言葉が耳に響いて胸が痛くなる。
「……そうでもないよ」
風磨の言葉を否定しながら手に取ったビールはほとんど空で、それでも煽るように飲み干していたらその手を掴まれ引き寄せられた。数センチのところに風磨の顔が迫る。
「ずいぶんお気に入りだったみたいだな、あいつが。指名したりしてたんだろ?」
「……だとしたら、何?」
密をハウスキーパーとして指名していたのは事実だし、それは風磨には何一つ関係ないはずなのに、こちらを見ている風磨の目は冷たく笑っていない。
向けられる眼差しに薄気味悪さと薄っすら恐怖感を覚えながらも僕がそう返しても、風磨はそのままの表情を崩さず更に言う。
「毎回毎回何してもらってたわけ?」
「何って……別に、掃除とか洗濯とかだけど」
「そのついでに、やらせてたんだろ?」
「……は? 何を言って……」
風磨の言うことの意味が解らず眉をひそめて見つめ返すと、彼は表情のなくなった顔で怯むことなく僕を見つめ返してくる。
「お前とあいつ、昼間なんかヘンだったからな、気付いたんだよ。ああ、こいつらヤってるなって」
確かに僕と密はこの前の雨の夜、うっかり手淫し合ってしまった。そのついでのように密は僕を好きだと言ってきたけれど……それだけの話であって、風磨とのようにセックスをしたわけじゃない。
肉体関係にあったかどうかという話をされたら微妙かもしれないけれど、そもそも僕と風磨は恋愛関係にないから、僕が密であろうと誰であろうと何をしても構わないはずだ。
だから僕が顔を反らして、「ヤってはないけど、風磨には関係ないじゃん」と小さく言い返したのだけれど、話はそこで終わらなかった。
「関係ない? お前さ、何か勘違いしてない?」
「どういうこと?」
思わず振り返ると、風磨がまた至近距離に迫っている。若干顔を引きながら見つめていると、風磨は不愉快そうに顔を歪め低い声で呟いた。
「――薫は俺のもんなんだよ……俺以外に、お前を犯させねえからな」
僕と風磨に恋愛感情はないし、貞操を守る義務も義理もないはずだ。あるとすれば、それは僕がゲイであるという公にしたくない事実を彼が知っていると言うことで、それを封じるために僕は彼に金と体を差し出してきた。それだけの関係だ。
でもいま彼が口にしたのは、そういう話じゃなかった。僕そのものが彼の所有物であるような言い方をしたのだ。それが僕の神経を逆なでした。
確かに僕は彼に口封じをしたし、そのためであるなら金でも体でも差し出すつもりでいた。だけどそれがイコール彼のものになるという意味ではない。僕は、風磨の所有物になった覚えなんてかけらもないからだ。
安っぽいぺらぺらした甘いにおいが鼻につく。苛立たしさを煽る風磨のにおい。軽薄で下世話で、僕のことを憂さ晴らしの道具や金づるとしか見ていない――その事実に僕はいまようやく向き合い、そして苛立たしさを怒りに変えた。
怒りは、そのまま手のひらを彼の頬に叩きつけるほどの衝動を覚えさせる。乾いた音がリビングに響く。
「僕は、風磨のものじゃない……」
僕に頬を張られた風磨はゆったりと向き直り、鋭くにらみ付けてくる。今までに見たことのない怒りのこもった目だったけれど、僕もまた怒りに満ちた目でにらみ返す。
少し切れたらしい口元を苛立たしく拭い、風磨は更にこう言い放ち僕に掴みかかってきた。
「じゃあ、いまから教えてやるよ。淫乱なお前が誰のもので、誰に飼われてるか」
肩をつかまれソファの背もたれに縫い付けられるように押し付けられてそう言われても、僕は怯む気も撤回する気もなく更に言い返す。
「僕は僕だ! お前なんかに飼われる動物じゃない!」
「黙れ、尻軽のメス猫! お前みたいな誰にでも股開くようなホモ、抱いてもらえるだけ有難いと思えよな! あのハウスキーパーにもこうやってやらせてたんだろうが!」
「違う! 密はそんなやつじゃない! 密は、風磨みたいに都合よく僕を“友達”呼ばわりして利用したりなんかしない!」
叫ぶように返した僕の言葉に風磨の顔がカッと赤く染まり、噛みつくように唇を塞いできた。舌を挿し込み、犯すように口中を嬲っていく乱暴さに息もできない。
口中を犯しながら風磨の片手は僕の体を抑え込み、もう一方はボトムスの中に無理矢理突っ込まれていく。そしてためらうことなく下半身の秘所に指を挿しこんできた。
痛みさえ伴う乱暴さに僕は身を捩って抵抗したけれど、風磨の方が体格はいいので全く歯が立たない。
それでも身を捩り続けていたけれど、ナカに挿し込まれた指を増やされて更に乱暴にかき乱されて僕は悲鳴にもならないうめき声を漏らすしかなかった。
「っあ、あぁ! っや、あぁ! やめ……やめろ!」
「ッは、なんだよすげぇ指咥えこんでんじゃんか。こんな淫乱な猫だから、俺ひとりじゃ物足りなくて他のやつも咥えこんでたんだろ?」
「ちが……ッやぁ、あぁ……ちが、うぅ!」
いつの間にかボトムスも下着も引きずりおろされ躰が曝される。こんな状況でもナカをまさぐられるせいか半勃ちしていて、それを見た風磨が片頬をあげて笑う。
「さすが盛ったメス猫。こんなされてて感じてんだ? もっと乱暴にしてやろうか?」
「ッや、やだ、あぁ、風磨、やめ……」
薄く笑う表情の不気味さに凍り付いて上手く抵抗できない。もがきようにも風磨の力は強くて、ただ虚しくうごめくしかない。
震えまで起き始めている僕の首筋に風磨の舌が這い、気色の悪さに鳥肌を立ててしまう。言葉が出ないほどの嫌悪感を覚えているのに、突き飛ばすこともできない。
「あいつより俺がイイってことわからせてやるよ、薫」
鼻先にあの嫌いな安っぽいにおいが絡みついて離れない。においの根源である彼のようにいやらしくまとわりついてくる。
僕は震えながら力の限り叫び声をあげて身を捩った。
「っや、だぁ! 助けて、密‼ 密‼」
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