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「大丈夫ですか?」
通りすがりの道端で、足をつまずかせて膝を崩しそうになった私を支えてくれたのは、スーツがよく似合う長身の男性だった。
「あ、すみません」
私は彼の腕にやんわりと手をかけて上体を立て直し、ふんわりとした微笑みをたたえてその男性に礼を言った。
「ありがとうございました」
彼の肩越しに見えたのは、黒髪の小柄な女性。心配そうな顔をして私たちの様子を見ている。
あぁ、そうね。
心配よね。
こんなに素敵な彼が、他の女と密着しているのは。
ごめんなさいね。
あなたにたくさん嫌がらせをされた、ニキビだらけだった私は変わったのよ。
自分でもずいぶんと化けたものだと感心するくらいにね。
ね、あなたも私のことに気づかないでしょう?
今の私はあなたの知らない私なの。
私はバッグから名刺入れを取り出した。
「本当にありがとうございました。あの、私、ここで働いていますので、もし良かったら今度、あちらの素敵な彼女さんといらしてください。お待ちしておりますので」
私は笑みを浮かべると、うるんだような瞳でその男性の瞳をじっと見つめた。
照れたように見つめ返す彼の瞳の奥に、欲情的な光が一瞬揺らぐのを確認した私は、内心満足する。
あなたに再会してしまったことで、私の黒い思い出が再び溢れ出してしまった。あなたに再会しなかったら、しっかり蓋をし続けて、これまで通り心静かにそれなりに穏やかに過ごして行けたはずだったのに。
残念ね。あなたを許せない気持ちが今頃になって顔を出してしまった。
私はにこやかな顔で二人を見送ってから、にいっと唇の端を釣り上げた。
さぁ、これからどうしようかしらね――。
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