報せ

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報せ

 その知らせがいつかくるってことは、覚悟していた。  いつかあるはずだって、ちゃんと知っていた。  そのはずだった。 「言祝ぎの舞を、お願いいたしたく」  慇懃無礼ってこういう態度なんだろうなって、おれはその人をみる。  目の前にいるのは、王宮からのお使いの人。  告げられたのは、王宮での婚姻の式典のこと。  イルスが。  かつて愛した男が。  性別が……姿形が変わってしまったおれのことを見失った男が。  それでもまだ心を残してくれている男が。  婚姻の式典の主役になるから、おれに――『聖女』に仕事をしろっていう。 「もう、後宮にはたくさんの姫がいると伺いました。今更、異世界人の言祝ぎなど、必要ないのでは?」  声が震えないように、見下されたりしないように、きちんとした言葉遣いで問う。  あの人はもう他の人のものだって、もう二度と関わることがないって、そう思っていた。 「左様。だが、後宮の姫たちは所詮候補。此度はご正室をお迎えになるのです」  だから、その式典で言祝ぎの舞を舞えと、慇懃無礼な使者は顔色一つ変えずにそう言った。  異世界から招かれた『聖女』の仕事を、男のおれにしろというのか。  身体が変わって、おれはもう『聖女』じゃないのに。 「それは、あの人のご希望ですか?」 「臣下一同のお願いにございます」  耳の奥が熱くなってうぁぁぁんって音がした。  多分、考えますって答えたんだろうと思う。  お使いの人をどうやってあしらったのか、ちゃんと覚えてはいない。  悲しくて。  あのまま女の身体でいたら、隣に立っていたのはおれだったのかな。  おれを見失うような男なのに、まだ好き?  日に日に薄くなっていくけれど、まだ、痣は胸にある。  いつかは消えてしまうのかな。  それはいつ?  黙って、待っていなきゃいけないのかな…… 「だって、あいつ、おれのことわかんなかったじゃん」  だから、待つ必要なんて、ないと思うんだ。  痛いのなんて嫌いだ。  できれば平穏に過ごしたい。  ただ、それだけだ。
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