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おてんとさま
おれが大泣きをしてから、何かがすごく変わったわけじゃない。
でもミリヒがおれのそばにいることは、うんと増えた。
「ホントは忙しいんじゃね? おれのとこばっかり来てていいの?」
そう聞いたら、とてもきれいな顔で微笑んで
「ぼくは『世界の守り人』だよ? 世界のご機嫌を取るのが第一の仕事。ジュタが元気で健やかでいると世界の機嫌がいいんだから、ジュタのところにいるのは、僕のこの上ない重大な仕事だよ」
って、言いきられた。
おれはまだ自分がそんなに重要人物だなんて思えない。
『聖女』なのは、理解したんだけどね。
理解したというか前からそう言い続けられていたし、納得させられたっていうか。
イルスの顔を見ずに遠くから祈りをささげるだけ、っていう条件で、一度だけミリヒと王宮に行ったんだ。
かつてのように、王宮にしつらえられた部屋で、かつて使っていた道具を使って、教わった通りの作法で祈った。
どうか、イルスが元気になりますようにって。
効いたのかどうかは知らない。
そうした方がいいような気がしたから、そうした。
ついでに、せっかく王宮に来たんだしって、庭師の人たちに紹介してもらって、花の育て方を教わった。
確かにおれの庭の花は異様に育ちが良くて、きっとおれのせいだってミリヒが笑って言った。
ミリヒがおれのために、穏やかな日々をって、心を砕いてくれている。
おれはちゃんと知っている。
「お天道さまはちゃんと見てるんだよ」
村の子どもたちのいたずらに、そう言い聞かせている自分に気がついた。
この世界に太陽はない。
でも『世界』がいる。
自分に恥ずかしくないようにするのが大事なんだよって、とうちゃんが言ってたの、最近分かるようになってきた。
おれはおれでしかなくて、おれの見える範囲でしかものを知らなくて、できることも限られている。
でも何もしないのは違うでしょ。
できることはしなきゃでしょ。
難しく考えてもしょうがないから、できることをしようと思った。
昔読んだ本の主人公みたいにスゴイ能力はないから、あんな風に世の中を変えたりはできないけど、『世界』が望むように穏やかに過ごしてお礼を言うことはできる。
「ジュタの歌が嬉しいそうだよ」
「うた?」
くすくす笑いながら、お茶の時間にミリヒが『世界』の気持ちを伝えてきた。
歌……歌ったっけ?
「気がついてなかったの? 最近、ジュタは気持ちが良い時に賛歌を口ずさんでいるよ。ああ、お経の時もあるけど……うん、なんか時々鼻歌を歌っている。それが、気持ちいいんだってさ」
ご機嫌に鼻歌歌っていると聞かされて、照れた。
なんかちょっと恥ずかしんだけど。
しかもそれを喜ばれてもって気持ちになるでしょ。
「なにそれ」
「儀式のときに格式張ってささげられるのも好きだけど、何気ない時にジュタが歌っているのが、くすぐったくて嬉しいらしいよ」
ちょっと照れくさくて、くすぐったいのはおれも同じ。
なんだか優しい気持ちになった。
ミリヒに褒められるのは嬉しい。
朝起きて、自分がどこにいるのか確認して、朝のお経を唱えて、その日の分の仕事を――農作業だったり、薬を作ったり、森にはいったり、村で子供たちの面倒を見たり――自分にできることをして、夕食を取って眠る。
そんな日課に、いつからか胸に咲く花を確かめることが加わった。
薄くはかないこの花は、いつまで咲いているのかな。
消えて欲しいけど、消えて欲しくない。
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