うつつのゆめ

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うつつのゆめ

 ジューと呼ばれていた聖女時代。  そこから寿太郎に戻った頃の夢は、もう思い出したくないことが突きつけられることが多くて、悲しくて泣きながら目が覚める。  おれが異世界に呼ばれたときに見た黒い影は、押し込み強盗のものだったらしい。  家族全員で家にいるところを刃物で襲われて、血だまりを残したままおれだけが姿を消した。  何とか逃げ出したんだとしても、多分、もうどこかで死んでいるだろうって、そうなっていたらしい。  姿を消して三年半が過ぎてから、おれが戻されたのは、襲われたその場所。  時間が経った分成長はしていたけど、異世界で女として過ごしていたから髪も長くて筋肉も少なくてひょろひょろで、見たことのない服を着ていて、胸に刺青みたいな痣もあった。  しかも、三年半も経っているのに、やっぱり刃物で切り裂かれたような傷のせいで、血まみれだったんだって。  異世界に行ってましたなんて言えるわけもない。  おれは記憶にありませんで押し通した。  おれが戻った時、おれの家はおれの家じゃなくなっていた。  知ってる? 寺の住職ってさ、寺の横に住んでるけど、あの家、自分の家じゃないことが多いんだよ。  寺に付属する居住区で、寺に住み込みで働く人の為のものなんだ。  だから、住職の家族は住めるけど、家族の中に住職がいなくなったら、家を明け渡さなくちゃいけない。  おれはとうちゃんが住職だったから、あの家で生まれ育った。  とうちゃんが居なくなった俺は、あの家には住めない。  あの家は今あの寺の住職を務める人のもの。  すごく簡単な話。  住むところも家族もないおれは、かろうじてまだ未成年だったから、公的施設に連れていかれて生活の面倒を見てはもらえた。    そんな、悪夢のような時期の夢は、ホントに悲しい。  涙でべしょべしょになって目を覚ますけど、目が覚めてよかったってホッとする。  それから、二年前にまたこの世界につれてこられた頃の夢もみるけど、こっちはホントに時々。  今朝は、おれがこの世界に出戻ったときの夢だった。 「せっかくもとの世界に戻ったのに、またこちらにつれてきてごめんね。今度は正しい魔法陣で呼び出したから、前のような不都合はないはずなんだけど、どう? 向こうにはもう帰せないと思うから、こちらで過ごす覚悟を決めてほしい。『世界』が、君を気に入ってしまったんだ」  再び異世界に呼び出されて、呆然と座り込むおれに、男はそう言った。  見覚えのある部屋の、見覚えのある召喚陣の上で、見覚えのある男だった。  すらっと背が高くて、耳殻がつんとした形で、色素の薄い感じの髪と目と肌を持っていて、儚く美しいっていう形容詞が似合う感じの、ミリヒという名の妖精族の男。  ごめんねと謝りつつも、おれのことより『世界』が最優先の、『世界の守人』。  『世界』がおれを気に入ったとかで、『世界』の世話係といわれる妖精族がおれを呼び戻した。  同じ人間を呼び出すために、新たな魔方陣ではなく、一度目と同じ王宮の魔法陣が使われた。  出向いた男が、魔法陣の間違いに気がついて、そこを修正しておれを呼びだしたんだって。  だから二回目の呼び出しでは、男の身体のまま。  出戻ったおれを見て、愛した人はおれだと理解できなかったらしい。 「初めまして、異世界の人」  イルスにそう言われたおれは、この世界にとどまることには同意したけど、王宮にとどまることはできなかった。  おれはジュタと名乗ることにして、西の森のとば口に住処を得た。
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