1221人が本棚に入れています
本棚に追加
「すみません、突然押し掛けて……」
「いや、構わねえよ。どした? 今日も実家帰って来たんか?」
「ええ……。実は俺、この秋に結婚することが決まりまして」
それでここ最近は割と頻繁に帰って来ているそうだ。
「結婚かぁ! そいつはおめでとう!」
紫月は心からの笑顔で嬉しそうに祝福の言葉を口にした。
ご両親もお慶びだろう! とか、嫁さんは地元の人? とか、満面の笑みと共にいろいろと話し掛ける。三春谷にしてみれば、何のアポイントも無しに押し掛けたにしては嫌な顔ひとつせずに歓迎してくれることには有り難く思えども、実のところ今ひとつ喜びきれない心の内が重くもあった。その理由は、今目の前にいる紫月の存在そのものだった。
三春谷は高校時代からこの紫月に憧れていた。道場育ちであり、武道の腕前は大尊敬に値するひとつ学年が上の誇れる先輩――。だが、その性質は誰に対してもフレンドリーでとっつき易く、話していると気持ちが和む。他の上級生とは違って、先輩だからと威張りもしない。学年が下の自分が彼ら上級生のクラスを訪ねて行った際にも、まるで仲の良い弟か友人のように迎えてくれた。
その性質の良さもさることながら、特筆すべきは完璧なまでの容姿だ。顔立ちは同じ男から見ても羨ましいほどに整った、超がつくほどの美形。少し茶色掛かった天然癖毛の柔らかな髪、くっきりとした二重の大きな目は笑顔によく似合う。陶器のような滑らかな肌質は至近距離で見たならば生きた人間のものとは思えないほどだ。
そんな美麗な容姿を裏切るように武術の腕は最高峰。なのに性質は極めて気さくだ。彼に憧れていた下級生は三春谷だけではなかっただろう。
最初のコメントを投稿しよう!