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正直なところ、当時は憧れだけだった。少しでも彼と近付きになりたくて、武道繋がりを理由にしょっちゅう彼のクラスを訪ねていたのも事実だ。卒業してしまう時は寂しく思ったが、それも時の流れと共に薄れていった。
だが先週、偶然にも駅前で再会した。その時から三春谷自身説明のつかない焦燥感とでも言おうか、奇妙な感情が沸々とし出したことに戸惑いを隠せずにいたのだ。
もう一度会ってゆっくり話がしたい。綺麗な顔を惜しげもなくクシャクシャにして笑う、その笑顔に触れていたい。
そんな思いを抑え切れずに、気付けばこうして彼の家にまで足が向いてしまったのだ。
自身がこの秋に結婚を予定しているのは本当だった。相手の女性は職場で出会って心動かされた年下の可愛い彼女だ。紫月に邂逅した先週までは普通に幸せだと思っていた。正直なところ、何が何でもこの女性と生涯を共にしたいというよりは、人生なんてまあこんなものかなと思って満足していた。取り立てて心躍るわけでもないが、かといって不満もない。結婚して子が出来て、その子の運動会で父兄競技なんかに参加したりしたら楽しそうだな――漠然とそんなふうに思ってもいた。
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