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三日後、渋谷――。
指定されたバーに行くと三春谷が逸ったような顔つきで迎え出た。
「紫月さん、紫月さん! こっちです!」
「おう」
「よく来てくださいました! お忙しいところ時間割いてもらって恐縮っス!」
「いや。いいバーな?」
いつも通り気さくな笑顔で席についた。陰からは橘と春日野、そしてまた別行動で源次郎と清水がそれぞれ客を装って店内に散らばる。鐘崎は源次郎らに持たせた通信機を通しながら、店の外の道路に車を停めて待機した。
店内の様子は外から見えない造りになっているが、音は通信機を通して拾えている。紫月はごくありきたりの会話で三春谷と向き合っているようだ。
「礼だなんて、わざわざ良かったのに」
「いえ、この前はご亭主にご馳走になっちまったし――何かしないと自分が落ち着かないっスよ」
「そりゃご丁寧に。すまねえな」
愛想を見せながら笑うも、『ご亭主』という言い方は気に掛かるところだ。男同士で結婚しているのだから旦那とか嫁とかと定義付ける言い回しには遠慮があるのだろうが、はっきり『ご亭主』というところから勘繰るに、鐘崎の方が『夫』で紫月の方が『妻』の立ち位置なんでしょう? と訊かれているような心持ちにさせられるからだ。
だがまあ、そこのところは深く突っ込まずにたわいのない会話を心掛けた。
「会社、この近くなんだって? 建設会社だっけ」
「ええ、まあ」
「婚約者さんとは職場で知り合ったんだべ?」
「そうです」
当たり障りのない会話を振るも、三春谷の方からは相槌を打つだけで積極的には会話が弾まない。
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