絞り椿となりて永遠に咲く

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「どした? 元気ねえじゃん」 「……いえ、そんなことは」 「幸せの絶頂だってのにー」 「……そうスね」 「らしくねえぞー。なんか悩みでもあるん?」 「いえ、そういうわけじゃ……」  グズグズと煮え切らない空返事を繰り返していたが、突如三春谷が真面目な顔付きで姿勢を正した。 「実は……紫月さんにお願いがあって」 「お願い? 俺に?」  何だよーと明るく笑ってみせる。まさかこの直後に想像だにしない言葉が返ってくるなど思いもよらなかった。 「あの……紫月さん。一度でいいんです。結婚しちまう前に……一度だけ……俺の頼み聞いていただけませんか?」 「頼みって?」 「一度だけ――俺と寝てくれませんか」  は――? 「寝るって……お前。冗談言ってる暇あったら嫁さん大事にしなきゃダメだべ」 「冗談なんかじゃないス! 俺、俺……前からその、お、男にも興味あって……。紫月さんのこと高校の時から憧れてましたし……」 「憧れ? 俺にかー? や、そう言ってもらえんのは恐縮だけどさ。お前もうすぐ結婚するんだべ? 変なことに興味持つ暇があったら嫁さんのこと――」 「結婚するからです! 結婚したら……もう自由な時間なんて無くなる……。その前に一度でいいんです。男とも……その、経験してみたくてですね」 「経験って……」  さすがの紫月も冗談と受け流すべきか、それともここは真剣に諭すべきか迷うところだ。
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