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「さぁモモちゃん、よろしくね」
モモは頭上から降ってくる声を聞きながら、あくびをひとつした。
人間は大変だと思う。つがいをみつけるために、いろいろと動き回らないといけないらしい。
「そうなのよ」
マキコ、と呼ばれていた女がシャワーの温度を確かめながら言った。モモの声が聞こえたようなタイミングだ。まさかそんなはずは、と思いながらもモモは顔をあげる。こちらを見ているマキコと目が合った。
「結婚相手を間違えると、一生不幸になってしまうのだから」
人間の中に、ごくまれに動物の考えていることがわかるやつがいると、モモはうわさで聞いたことがあった。もちろん実際に会ったことはない。目の前にいるのが、そのごくまれの人間なのだろうか。
「えぇ、そうなの。昔から犬の考えていることがわかるの。ほかの動物はわからないのだけれど」
やはりそうだ。モモは確信した。
さっきマキコに頭をなでられそうになったとき、思わず吠えてしまいそうになったことを思い出す。昔から頭に手を伸ばされると、反射的に威嚇してしまうのだ。美紀に何度も注意されても、ついやってしまう。
あのとき、マキコはモモが反応するよりも先に手を引いていた。きっとモモの気持ちを感じとったのだ。納得したところで、次の疑問がモモの頭によぎる。
この人は自分と二人きりになって、なにをしようというのだろう。
モモの身体に、心地のいい温度のシャワーがかけられた。マキコは話し続ける。
「あなたの飼い主さんの本当の趣味を教えて。お菓子作りっていうのは本当かしら」
お菓子作り?
モモは笑いそうになった。お菓子作りどころか、自分の弁当すら作っていないのに。
「あらそうなの。もう、みんなうそばかり書くのよ。取り繕ったところでいずれはバレてしまうのにねぇ」
本当の趣味はプロレス観戦だよと、モモはシャンプーの香りを感じながらマキコに伝える。マキコは大げさに驚いてみせた。
「お菓子作りと全然違うじゃない。あぁ、そういえば、本当の趣味がプロレス観戦の殿方がいたわね。その人もオペラ鑑賞が趣味ってうそを書いていたわ」
どうやらこの人は犬から飼い主の本性を聞いているらしい。それを利用して、本当に相性のいい人を紹介しているわけか。満足度が高い理由にも納得だ。
「ご名答。犬は飼い主のうそ偽りのない姿を知っているのよ」
犬を利用して自分の手柄にしているのは、正直面白いとは思えない。けれど美紀がこの先幸せになれるように手助けできるのなら、これ以上嬉しいことはない。
モモがそう思うと、マキコはくすりと笑った。
「犬は飼い主に忠実だから助かるわ」
了
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