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部屋の中は城を基調にした洋風の作りだった。天井からはシャンデリアが垂れており、窓はステンドグラス風にデコレーションされている。玄関の看板といい、結婚式場をイメージしているのかもしれない。
案内されたレースのソファに腰かけ、モモを膝の上に乗せた。モモは慣れていない場所で落ち着かないのか、きょろきょろと周囲を見渡している。
「かわいい子ね」
マキコがモモに手を伸ばす。モモは知らない人に頭を触られるのが嫌いだ。噛みつきはしないものの、唸ってほかの人を驚かしてしまったことが何度もある。
止めなくては、と美紀がそう思った瞬間、マキコは手を止めた。モモが警戒したことに気づいたのだろうか。
「失礼なことを聞くようだけど、この子は本当にあなたのワンちゃん?」
「え、はい。そうですけど」
「そう、ならいいわ。お客様の中にはここに入会するために、人のワンちゃんを借りてくる人もいるのよ」
マキコは肩をすくめて笑ってみせた。
「そうなんですね」
この結婚相談所は、結婚後の満足度がほかの相談所に比べて格段に高い。だからここに結婚相手を探しに来たい人も多いと言う。けれど、たったひとつだけ条件があるのだ。
犬が好きで、三年以上飼っている犬がいる、というものだった。
動物好きに悪い人はいない、というのがマキコの信条らしいが、それならば猫でも鳥でもいいはずだ。どうして犬ではないといけないのか、よくわからない。
けれど美紀は昔から大の犬好きだ。結婚してもずっと犬を飼い続けたいと思っている。それは絶対に譲れない条件だ。ここに登録している人は、もれなく全員が犬好きのはずだ。それに惹かれて、この相談所を選んだのだ。
「自己紹介の資料は持ってきてもらえたかしら」
「はい、持ってきました」
カバンの中から、サイトからダウンロードした自己紹介の資料を探す。全部で二百問あった質問は、答えを埋めるだけでも苦労した。その答えには、いくつかうそをついているものがある。良くないことをしているのはわかっている。けれどありのままの自分をさらけ出してしまったら、きっと誰も選んでくれないだろう。
以前いい感じになった男性に、趣味がプロレス観戦だと伝えたことがある。すると次の日から連絡が取れなくなってしまったのだ。ある程度の偽りは必要だったのだと、そのとき痛いくらいに学んだ。
一週間当たりのお酒を飲む日数は半分に減らし、掃除の頻度は倍に増やした。印象が少しでも良くなるようにとごまかしたものは、結局いくつになったのか把握できていない。うそと真実の混ざった資料を渡すのは、少しの罪悪感がある。けれどこれも結婚のためだ。
「お願いします」
美紀が資料を渡すと、マキコはパラパラとそれをめくった。審査されているようで落ち着かない。モモのやわらかい毛をなでながら、マキコが読み終わるのを待っていた。
「確かに受け取りました」
マキコはそう言って立ち上がった。そしてファイルがぎっしり詰まった棚に向かう。そこから両手にあふれるほどのファイルを取り出し、美紀の前にどさっと広げた。
「こちらが今うちに登録されている方の資料。もしいい人がいたら教えてちょうだい。お相手に連絡してみるから」
自分の資料も誰かにこうして読まれるのかもしれない。そう思うと、もう少し綺麗な字で書けばよかったと後悔した。
美紀が一番上にあったファイルに手を伸ばしたときだ。マキコが思い出したかのように手を打った。
「ワンちゃん用のいいシャンプーが手に入ったのよ。私、トリマーの資格も持っているの。白石さんが資料を読んでいる間に、モモちゃんのトリミングをしましょうか。お代はサービスしておくから」
「いいんですか」
そろそろトリミングに行こうかと思っていたタイミングだった。
「もちろんよ。じゃあ決まりね。ゆっくり選んでちょうだい」
マキコが膝の上で丸くなっていたモモを抱き上げる。モモは暇で眠くなっていたのか、とろんとした目をしていた。
「よろしくお願いします」
隣の部屋がトリミング室になっているようだ。モモを抱いたマキコが、扉の向こうに消えていった。
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