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プロローグ
−episode 1
昔々、あるお城にお姫様が住んでいた。お姫様は、たいそう可愛がられ、見目麗しい姿をしていた。瞳の色は、綺麗なアンバーで、その瞳を見た者は、お姫様の瞳に吸い寄せられるように虜になった。
一方、お城に仕える使用人がいた。彼は庭師だった。貧しい家に生まれ育ったが、庭作業を覚えたのち、お城で働くようになった。
お城には庭園があった。その広大な敷地には、季節が訪れると、一面中に薔薇の花が咲いた。お姫様は、薔薇の花が咲き誇ることを楽しみにしていた。
ある日、お姫様は薔薇の香りに誘われて、庭園を歩いていた。そして香りに誘われるまま、薔薇の花びらに鼻先を近づけた。
「プリンセス!」
お姫様は、後ろ手に組んでいた両手を引っ張られた。
「わあ!」
と彼女は驚き、後ろに倒れてしまった。そして使用人である庭師の両腕の中に、お姫様は包み込まれた。
「お怪我は、ありませんか」
「ええ。あなたは、大丈夫かしら」
これが、二人の初めての会話だった。
大きな蜂が、空の雲の上に向かって飛んで行った。お姫様は、目をまん丸にして驚いた。庭師は、お姫様を自分の両腕の中から解放すると、跪いた。
「ご無礼があって、申し訳ありません」
「構わないわ。それよりあなた、助けてくれたのね」
庭師はにこりと微笑んだ。お姫様は、彼に目を合わせ、ふふっと笑みをこぼした。
それからお姫様と庭師は、一緒に薔薇の花を眺めるようになった。そしてそのような日が、一日また一日と増えていった。
お姫様は、昼下がりになると庭園に向かうようになった。一通り仕事を終えた庭師と、おしゃべりをするためだ。
お姫様は、十七歳の美しい少女。庭師は、二十歳の若き青年だった。
お姫様は、大変おおらかな性格をしていた。庭師である彼に対して、分け隔てなく対等に接した。お姫様と庭師は、植物について、空について、星について、と多くのことを話した。
日に日にお姫様は、彼に惹かれていった。彼も同じように想っているようにみえた。
お姫様は、ハートが高鳴るのを感じた。庭師は、お姫様のアンバーの瞳を見つめ、頬がほころぶのを感じた。琥珀色に輝く彼女の瞳は、唯一無二のものに思えたからだ。
自然と彼は、彼女に手を差し出した。彼女も口角を上げながら、自然に手を握り返していた。初めて二人は、手を繋いだ。ある晴れた日の昼下がりの出来事だった。
二人は、互いのことをよく知るようになった。お姫様の本当の名前は、この国の決まりによって秘密にされていること。十八歳の誕生日には、隣の国の王子様とダンスを踊る約束があること。アンバーの瞳の色は、お姫様のおばあさま譲りだということ。
庭師である彼のことも、多くのことを知ることができた。本当は海を愛しており、航海士になりたかったということ。薔薇の花の手入れには苦労するが、美しく咲いた薔薇を見る度に、やりがいを感じること。生まれた家が貧しく、家族に仕送りをしているということ。
二人は、互いにこれが恋であるということを初めて知った。雨の日には、露に濡れた薔薇の花を眺めながら、身を寄せ合った。そしていつの間にか、心と心もやさしさで寄せ合うようになった。
二人は手を繋ぎながら、互いの夢を語り合った。そのような幻のようなひと時が、彼らを癒す時間になっていたのだ。
二人には、魂と魂が一致したかのように、その時間が永遠に感じられた。
明くる朝、まだ太陽が東から昇り始めた頃。
お姫様は、息苦しさを覚え、声にならない声をあげて目が覚めた。
「嫌な予感がするわ……」
身支度も整えないまま、お姫様は、薔薇の庭園へと駆けて行った。すると、なんということだろう。まだ薔薇の花びらが枯れて落ちる頃でもないというのに、一面中の薔薇の花が切り落とされていたのだ。そこには、棘だけが残る薔薇の庭園があった。
「なんということでしょう……」
お姫様は、愕然として膝から崩れ落ちた。足元が汚れることなど気にもせず、彼女は涙を流した。
「ああ、なんということなの……」
棘だけが残った薔薇の庭園は、深い緑の森のようだった。鮮やかに赤や白、桃色、黄色と咲き誇る薔薇の花たちは、消えてなくなった。
涙を流しながらお姫様は、
「一体、誰の仕業だというの……?」
と強く思ったが、それが誰の仕業なのかは、見当もつかなかった。
お姫様は、急に身震いがした。
「彼は、彼は無事なのかしら……」
アンバーの瞳から零れ落ちる涙を拭いながら、お姫様は、お城の方へと駆け出した。足元がもたついたが、それでも懸命に走った。
お城に戻ると、使用人たちに仰天されながらも、お姫様は構わず、彼を探し続けた。どの部屋を、どの場所を探しても、彼は見つらなかった。
力尽きた頃、お姫様は床に座り込み、大声をあげて泣き始めた。
「姫……」
「お父さま……」
声を掛けられたお姫様は、大粒の涙を溜めながら、王様を見上げた。
「姫よ、彼は航海士になるために海へと旅立った。薔薇の花は、彼が切り落としたのだ」
「嘘、彼がそのようなことをするはずがないわ。お父さま、嘘なんてお止めになって!」
「姫よ……」
「彼が私を置いて海に旅立つなんてこと、あるはずがないの。そのようなことは、嫌よ……!」
力いっぱい声を上げるが、王様はお姫様の肩を抱き締め、なだめるしかなかった。
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