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36.万事解決にはまだ早い
「み、かげさま?」
「ああ。千鶴。怪我はないか」
「――っ。美影様! 美影様!」
「千鶴」
会いたかった方の声を間近で聞くことができて、私は必死で美影様にしがみついた。
「遅くなって恐ろしい目に遭わせてしまったな。すまない」
「いいえ、いいえ。美影様。助けてくださってありがとうございます」
「はっ! 鬼の美影サマか。邪魔しやがって」
震える身を寄せて美影様の温もりを感じていると、悪態をつく男性の声がした。
「愚かな」
「は? ――ぐあっ!?」
男性を一瞥した美影様は短く吐き捨てると、美影様の背後で男性が一瞬だけ叫んでどさりと倒れた。
「琥珀、千鶴の目の届かぬ所に。必ず生かしておけ」
「はいはい。了解」
美影様は背後の琥珀様に指示を出した後、私の頬に流れた涙を唇でぬぐうと、再び強く抱きしめる。
私はしばらく美影様の温もりに浸っていたが、ふと気付く。自分の周りに集まった真白さんや鈴さん、屋敷に勤める皆さんたちに温かい目で見守られていたことに。
状況を理解するや否や、今度は羞恥が襲ってきた。
「み、美影様、ありがとうございます。私はもう大丈夫です」
「千鶴の大丈夫は信用ならない」
美影様から距離を取ろうと身を離したが、すぐに抱き戻された。
「あ、あの」
困っていると、美影様の後ろで控えていた透真様から助け舟が入る。
「千鶴様、ご無事で本当に良かったです。……あと美影様、お気持ちは分かりますが、そろそろ千鶴様を解放してさしあげてください。千鶴様にお怪我がないか、ご確認しないといけませんので」
「分かった……」
美影様は渋々私を囲う腕を解き、まだ私の体にまとわりついていた蜘蛛の巣をいともたやすく払った。そして手を伸ばして立ち上がらせてくださったかと思うと、今度は――。
「うわぁーん! 千鶴様ああぁっ!」
「ち、千鶴様。申し訳ございません。誠に申し訳……っ、よくご無事で」
「……千鶴様っ」
「皆さん、ご心配をおかけして本当に、本当に申し訳ありません」
泣きじゃくる鈴さんと真白さん、そして言葉を詰まらせた朔さんが一斉に私を抱きしめてきた。涙ぐんだ小鬼ちゃんは、私の足にしっかりとしがみついている。私はぽんぽんと頭に手を置くと、彼女はにこりと笑った。
「千鶴様、ご無事で本当に良かったです」
「山で行方不明になられたと聞いた時、気が気ではありませんでしたよ」
「本当、もう仕事どころじゃなかったっすからね」
「さっきの野郎はどこ行きやがった!? ぎったんぎったんに料理してやる!」
「心配しなくても美影様が料理される」
厨房の皆さんも包丁やらすりこぎ棒を手に駆けつけてくださったようだ。一反木綿さんに乗った胡蝶様もいらっしゃる。
「千鶴、無事で良かった。危うくこの世界に血の雨が降るところじゃったぞ」
「はい? はい。皆さん、申し訳ありません。ご心配をかけて誠に申し訳ありません」
こんなにもたくさんの方々に心配されている。皆さんに申し訳なく思う気持ちと、嬉しさを同時に感じた。
「さて」
透真様がこの場を締めるように声を上げる。彼の腕の中にはいまだ目を閉じているクルがいた。
「透真様、クルは無事でしょうか」
「ええ。大丈夫です。気を失っているだけですね」
「良かった」
「ええ。ともかくもこれで万事解決ですね。……一つを除いて」
そう言った透真様は、まだ地面にすまきで倒れている結様を見下ろした。
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