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37.今宵はすべてを
あの後、皆で栗拾いして屋敷に戻った。それからご迷惑をおかけしたお詫びとして、私は腕によりをかけてたくさんの栗料理を振舞った。
美味しい美味しいと皆さんがおっしゃってくださったが、中でも鈴さんは、お菓子をむせび泣きながら食べていたので喜んでもらえたと思う。
皆さんの笑顔は本当に嬉しかった。
その夜。
葛籠の中で、すやすやと気持ちよさそうに眠るモフモフとクルを見て癒されていた。今日はふたりとも一生懸命頑張ってくれたから、疲れてしまったのだろう。
――すると。
「千鶴、入るぞ」
「はい」
美影様は私の部屋にお越しになったので、丁重にお出迎えした。
「改めまして、今日は本当にご心配をおかけして申し訳ありませんでした。お屋敷の皆さんにもご迷惑をおかけしてしまって」
調理道具を持っていたから、美影様の指示でそのまま飛び出して来てくださったのだろう。
「いや。そなたが無事ならそれでいい。屋敷の者も私が命じたのではない。皆、自分も探しに行きたいと申し出てくれたのだ」
「そう、なのですか?」
「ああ。千鶴は屋敷の者にずいぶんと慕われているようだな。少し妬ける」
それは私に対してだろうか。それとも屋敷の皆さんに対してだろうか。
「それと女郎蜘蛛の結のことだが」
結様のお話になってどきりとした。
きっと透真様がお話しされただろう。嫌がらせ程度とは言え、美影様の妻に危害を加え、あまつさえ命の危険にさらした者だ。やはり罰を受けてしまうのだろうか。
「彼女は結界の修復役として雇うことにした」
「え?」
「千鶴の言う通り、彼女は結界師としての能力が高い。真白も鈴も察知できなかったほどにな。琥珀もああ見えて忙しい身だから、少しでも役割を担ってもらえば彼も助かるだろう」
結様は、自分は不器用で織り機も触らせてもらえないと言っていた。器用な姉と自分を比べては自己嫌悪に陥っていたのだろう。けれど自分にも伸ばせる才能があったことに気付いた今、これから自信を付けていくのではないだろうか。紬様の妹ではなく、結界師の結として。
琥珀様とも接点ができるし、良かったと思う。ただ、慕う相手として琥珀様をお勧めできないのだけが残念だ。
「美影様」
私は畳に手をつき、深く頭を垂れる。
「このたびは寛大な処分を誠にありがとうございます」
「寛大な処分? やはり透真が言う通り、彼女に何かされたのか? ならば厳罰を与えなければな」
「ち、違います」
冷たい声がして慌てて顔を上げると、美影様は唇を薄く横に引いて笑っていた。
「……美影様」
冗談だったようだ。
「もちろん千鶴を危険にさらしたことは許しがたい。だが、千鶴を守ろうとしてくれたのも嘘ではないようだからな。しばらくは無給で働いてもらうことになる」
「美影様、ありがとうございます」
「ああ。――だが、許せないこともある」
そう言って私の髪から鶴のかんざしを差し抜くと、髪がするりと解けて肩に落ちた。
「このかんざしで命を絶とうとしただろう。これを千鶴の形見にするつもりだったのか?」
「……あ」
「千鶴は私の妻だ。命を粗末に扱うことは決して許さない」
「も、申し訳ございませんでした」
私は美影様の贄。無残に食べられてしまうのならばと、命を絶つことを選んでしまった。けれど私は美影様の妻であるのならば、戦うべきだった。
美影様は頭が痛そうに額に手をやって息を吐く。
「しかし許せないのは私自身もだ。こんなことになるのならば、もっと早くに奪っておけば良かった」
そこで言葉を切った美影様は視線を落とし、私の左手を取った。傷を確認するためか、包帯をほどく。
「傷は深くないようだな。だが、痛々しい」
そうして美影様は手のひらに顔を近付けると口づけ、そのまま傷口に熱い舌を這わせた。
驚きと甘い痺れが走って肩が跳ねる。慌てて手を取り戻そうとしたが、美影様は手首を強くつかんで離さない。手のひらに舌を這わせたまま私を見る熱っぽい瞳に、高鳴る動悸と痺れが収まらない。
「千鶴。今宵は千鶴のすべてをもらうぞ」
美影様は低く囁いて私を強く抱き寄せた。
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