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恙虫のあやかしに奪われるくらいならば、この命を絶つと決めた。私の身は美影様のものだから。美影様だけのものだから。だから美影様のものになるのならば本望。
鬼神様の花嫁としての義務ではなく、美影様の花嫁として、美影様の妻として捧げたいと。
「はい。喜んでこの身を捧げます」
美影様に微笑みかけると、美影様は私の唇をさらうように口づけた。熱も呼吸も美影様への想いもすべて奪い取るように激しく。
どこか片隅でいい。欠片でも私という存在が美影様の心の中に残ってほしい。
美影様の口づけに酔わされている内に抱き上げられ、寝所に連れられると、しとねに下ろされた。
「千鶴……」
切ない囁きの後、再び熱く口づけされた。
私もまたひと呼吸も惜しく美影様を求める。最期の瞬間まで美影様の熱を覚えていられるように。
呼吸が荒く乱れ、心臓の鼓動が激しい高鳴りを見せると、ようやく美影様は唇を離し、今度は私の首元に顔を埋めた。
やはり首の急所を狙うらしい。首筋に唇を当てられた後、来たる痛みに私は目を伏せた。
「……っ」
しかし、いつまで経っても美影様の歯が私の皮膚を突き破らず、ただ熱い唇を下へと滑らせるのみだ。与えられるのは痛みではなく、甘い刺激で、私の唇からこぼれるのは悲鳴でも叫び声でもなく、切なげな吐息だ。
――おかしい。
なぜ一思いに息の根を止めてくださらないのだろうか。まるで捕まえた獲物を弄んでいるかのようだ。もしかして恐怖を煽って心臓の鼓動を昂らせるほうが美味しいとか。……酷い。こんなの、優しい美影様ではない。
「み、美影様。お、お願い早く」
息の根を止めて。
思わず目を開けて涙目で懇願すると、顔を上げた美影様が目を見張り、私の唇に再び唇を重ねた。
――な、なぜ!? なぜ口づけ!?
しかもはだけた胸元から美影様の熱い手が忍び込む。
私がばたばたと身じろぎすると、美影様は唇を離してくださったので、大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。
「みっ、美影さ、ま。一体な、何をなさって。――あ、なぜ帯を」
ひとが一生懸命、息を整えている間に、あろうことか美影様は帯を解く。
「喜んでこの身を捧げますと言ったのは嘘なのか?」
「う、嘘では――きゃっ!? み、美影様。どこ触っ――何、ま、待って。美影様、待って。な、何か行き違いが。ここは、ひ、ひとつ。話し合いを。はなっ、話し合いをしましょう」
「私を煽っておいて、待てとは酷いな」
揺らめく炎の瞳で私を見下ろし、熱い吐息をもらし、長い銀の髪を垂らす美影様は、これ以上ないくらいの色気を醸し出している。
「あ、煽っているのはっ、み、美影さまで? そ、そうではなく。だって。何だかおかっ、おかしく」
「そうだな。私も千鶴が愛おしくて愛おしくて、どうにかなりそうだ」
「……え? い、今、何と?」
美影様は私の頬に手を当てると、熱と憂いを帯びた赤い目で真っすぐ見つめ、私の心臓を貫いた。
「愛している。千鶴のことを愛している」
「あい……して?」
「ああ。私は千鶴を愛している」
「……っ」
美影様にすべてを捧げてもいいと思えるこの気持ちは。心を激しく揺さぶり、美影様をどうしようもなく求めるこの感情の名は。
「美影様。私も美影様を心より、心よりお慕いしており――っ」
熱い体も、愛の言葉も、震える心も美影様にすべて吞み込まれた。
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