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3*最悪で最高な修学旅行
「ああ、マジでどうしよう……」
どれぐらい僕がここにいるのかわからない。とにかく通常の利用時間よりはるかに長く籠城しているのは確かだ。
事の発端は、昼ご飯の学生弁当とやらを食べすぎたことにあったんだと思う。
元々すごいボリュームだった弁当を一人前だけでなく、残り物まで手を出したのがいけない。
でも仕方ないじゃないか、今は前から楽しみにしていた京都・奈良を巡る修学旅行だったんだから。
清水寺とか奈良の鹿とかいっぱい見たなー、なんて思い出に浸りながら用を足して、さあ戻るか、ってなって気付いた。
――トイレットペーパーが、ない!
二つあるホルダーはいずれも芯しかなくて、背後を振り返ってもストックもない。
しかも僕はこの広い京都駅の公衆トイレに、帰りの新幹線に乗り込む直前に、誰にも言わずに駆け込んだのだ。だって食べ過ぎでお腹がもう破裂しそうなほど痛かったから。
だから、外に声をかけられるような人も、トイレットペーパーを分けてくれるような人もいない。
詰んだ。マジで詰んだ。
僕はもうこのまま一生京都駅のトイレから出られないんだ……
ああ、こうなるなら好きなあの人にダメもとで告白ぐらいしとけばよかった。告白しないまでも、一目でいいからまた会いたい――
「おーい、ここに浜岡中三年の飯山優弥はいるかー」
……え? 半泣きで便器に座って頭を抱えていた僕の名を呼ぶ声がして、顔を上げる。しかもその声は、あの人の声だ。
こんな奇跡があるのか。紙をくれない神様が情けをかけてくれたのか。
僕は藁をもすがる思いで返事をした。
「いまーす! 沢井先生! 僕、ここにいます!」
「何してんだお前?! もうみんな先に帰ったぞ!」
「紙がないんですぅ」
「はぁ? ああ、ちょっと待ってろ」
沢井先生はそう言って、すぐにトイレットペーパーを投げ入れてくれた。
「あざーす!」
「いいから早くしろ、待っててやるから」
僕は差し入れられたそれで身辺を整え、そしておずおずとドアを開けた。
ドアの向こうには、沢井先生が苦笑しながら立っていて、ポン、と僕の頭を叩く。
「心配したぞ」
「……すんません」
「さて、嫌だろうけど、先生とサシで帰るぞ」
先生と二人きり?! 思ってもいなかった更なる奇跡に僕が言葉を失ったのだけれど、先生は構わず僕の手を牽いてホームへと急ぐ。
地獄から天国になった修学旅行最終日の帰り道、僕は忘れられない時間を過ごせたのだ。
終
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