2*実験くん

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2*実験くん

「なんだってこういうことをしたわけ?」  目の前の惨状に溜め息すら出ない僕に、彼は子どものように、「……だって、本当なのかなぁって思って」なんて返してくる。 「だからってねぇ……あー、もう、どうしたらいいんだか……」  事の発端は、彼が僕の留守中にネットの記事かなんかで聞きかじった話によるという。  日頃ネットでしか情報収集していない彼の日課は、どこが情報源かもしれない情報を日々聞きかじっては僕に報告し、そして僕に「その出所は?」と、溜め息交じりに言われることだ。  聞きかじって報告して、まではいい。実害があるとすれば僕の集中力が削がれて仕事の報告メールが書けなかったり、フツーに邪魔で軽くイライラさせられたりするぐらいだ。  しかし今回は違う。実害ありまくりだ。しかも僕と彼の部屋は賃貸のマンションで、上にも下にも他人が住んでいる。 「だってさぁ、“日本のトイペは水に流して100秒で溶ける”って、気にならない?」 「……本当じゃなかったら、今頃日本中この状況だろうよ」 「あー、なるほど! 流石ぁ!」  流石ぁじゃないんだよ、全然! 気になったからって、100秒で溶ける確認が取れるまでありとあらゆるメーカーのトイレットペーパーを流しまくるか?! トイレには一度に大量の紙を流したらいけないって話は常識だろうに!  そんな彼の無茶苦茶な好奇心のせいで今ウチのトイレは絶賛大詰まり中で、床は水浸しだ。 「とりあえず下の階が水漏れしてないか確認して、謝って……」 「ねえねえ」 「なに?」 「トイペなくなっちゃった。どうしようか」 「知らないよ! 自分のせいだろ!」 「うん、まあそうなんだけど……」 「まだ何か?」 「さっきから水流してるの見てたら、トイレしたくなっちゃって……」 「そこのコンビニでも行ってこいよ!!」  キレ気味の僕の声に彼は苦く笑って、財布入りのサコッシュを持って部屋を出て行く。  何が悲しくてこんな尻拭いをしなきゃなんだ。トイペだけに……なんて言っている場合じゃない。  そんなことを思いながら後始末をしていたら、スマホが震えた。 『ダブル? シングル?』  溜め息も出ない。でも、この呑気さが苛立ちを消していく。仕方ないな、と思いながら僕は返事をする。 『シングル。菓子折りも買ってきて』  数秒でオッケー! のスタンプが返ってくる。調子だけはいいんだからな……  でもそこに惚れたんだから、仕方ない。僕は黙って床を拭く。 終
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