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1*トイレ的国際交流
もっと勉強すりゃ良かった。特に英語。小学校から十年以上やってきたのに会話すらできないなんて。
「あー、ユー・ニード・トイレットペーパー……でいいのか?」
「What?」
「ああ、すみません」
「Why do you say “sorry”?」
もうかれこれ十分くらいこういうやり取りをしている。
事の発端は、俺がトイレから出ようとしたらすごい叫び声がすぐそばの個室からしたからだ。
何事かと俺が、「もしもし?! 大丈夫ですか?」なんて声をかけたのが運のつきだった。
なんとか拙すぎる英語力を総動員して、この外国人が何やらピンチであることはわかった……んだが……それが何なのか見えてこない。
生憎スマホは家に置いていて翻訳できるツールがないし、人も呼べない状況だ。そもそも声をこちらからかけといて置き去りにすることなんて出来ない。
なので想像力も総動員して、トイレでピンチと言えば、まあ、トイレットペーパーがない! ということになるだろうとなんとか考えが行き着いた。
「えー、あー、ユー・シー・ストックペーパー?」
「No!」
「ノーかよぉ……もう、八方塞がりだ」
ふとその時脳裏に浮かんだ物が英語でなんて言うのかが全く見当つかなかったが、それしかない。
俺は早速ドアの向こう側に声をかける。
「あー、ユー・シット・オンスイベンザ!」
「What?」
「ユー・シット・ダウン!」
「OK」
「座ったかな……えーっと、ユー・プッシュ・スタートボタン!」
数秒後、「Oh my god!!」って叫び声がドアの向こうから聞こえる。
リアルOMGは初めて聞いたな……マジで言うんだ……なんて感心していたら、「How to stop?!」という声が聞こえたので、「プッシュ・ボタン・アゲイン!」と叫び返す。
するとどうやら止まったらしく、やがて洗浄音が聞こえてドアが開いて出てきたのは、身長が一八〇は余裕であるマッチョな黒人のビジネスマン。
デケェ……と、口半開きで見上げていると、突然抱きしめられた。
「オー、オマエ、サイコウ!」
「日本語できるじゃん」
「Oh,so cute」
「は?」
今キュートって? 俺が? そう混乱していると、彼は軽々と俺を抱き上げて、何かを耳元で囁く。
全然わからないが、自分が口説かれているのはわか……口説かれている?!
身に降りかかった出来事に今度は俺がOMGと言いたいのに、俺をお姫様抱っこしている彼はにこやかだ。
――こうして俺は半年後にパートナーとなるジェームスと出逢った。
終
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