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 徳蔵が自らの名前を失っていた期間。彼は紅海と名乗り、江戸の町で仏像を彫る「仏師」を生業にしていた。仏師としてはごく凡庸であった。否、むしろ不器用な部類に属しており、周囲の誰もがこの職には向いてないと内心思っていた。 「悪いこたぁ言わないから、止めときな」  師匠である先代の紅海は、事ある毎に諭していた。しかし徳蔵の美点は、生まれもった責任感と粘り強い性分にあった。 「そこをなんとか」 と、土下座をして頼み込むものだから、師匠もそれ以上強くは言えなかった。  室町の頃から続く紅派を絶やすまいと、徳蔵は文字通り寝食を惜しみ修行に励んだ。その姿に打たれたのか、はたまた根負けしたのか。その心情を推し量る術はないが、ともあれ師匠は彼に跡目を譲ることにした。
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