深夜一時。彼の部屋着、ドライヤーの音。

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深夜一時。彼の部屋着、ドライヤーの音。

「朝陽」  学校から2人で歩いた帰り道。 私の家の前で彼が名前を呼ぶ。 「連絡先、教えてやろうか?」  突然言われたその言葉に私の心臓は跳ね上がった。 「え!? な、なんで!?」 「だってさっきから何か言いたそうにしてるから。俺と高校別れるのが寂しいんじゃないの?」 「ま、ま、まさか、違うよ」 「ふーん、じゃあいいや。バイバイ」  そう言って卒業証書の入った筒を振って、彼は私の家……の隣の家に入って行く。  家が隣同士で、同い年で、幼稚園から中学までずっとクラスが一緒で。 名前は朝陽と夜一。 いつも一緒にいて朝と夜でセットみたいだねって言われ続けてきたけれど。 夜一からしたら、きっともっと広いコミュニティに行けばそんなの特別じゃなくなる。  だから、引っ込み思案で一人じゃ何もできない私が……。 彼を好きだなんておこがましくて知られるのが恥ずかしかった。  だけど、違う高校に入学してひと月ふた月経つうちにあの時素直になれなかった事をすごく後悔した。  “もし次に会う事があった時、堂々とできるくらい変わろう” 私はあの時そう思ったんだーー。 「朝陽、ばいばーい」 「うん、またね〜」  大学一年、後期授業初日の今日。 全部の授業が終わって門の前で友達と別れた。 時刻は午後6時。 外は徐々に暗くなり始めている。  今日はバイトもないし家帰って昨日のシチュー食べよー。  そう思って、大学から徒歩五分で一本道のマンションに向かって歩き出す。 部屋は狭くても北欧風の可愛い内装で、憧れの一人暮らしを私は満喫していた。 「……おい」  大学を出て少ししたところで突然後ろから聞こえた男の人の声。 聞き覚えはある気がしたけれど道端で突然「おい」なんて言ってくる関係の人も居ないし、私は自分の事ではないと思ってスルーした。 「おい!」  だけどその声はもう一度聞こえて、しかも私の後ろにいる気がする。  ……え?  も、もしかして私??  怒気を含んだ声に警戒して、私はスマホを握りしめて早歩きをした。  やばかったらすぐ110番、やばかったらすぐひゃ、 「おい待てって!」 「きゃー!」  男と同時に私も走り出したけど足の速さが全然違う。 一瞬で追いつかれて腕を掴まれた。 「朝陽! 俺だって!」 「え」  猫みたいな目に、すっきりした鼻筋。 それから薄くて口角の上がった唇。 この整った顔は……。 「よっ、よるいち?」  うそ、うそっ本物!? なんでここに!?  最後に会ったのは中学の卒業式だったし、なんかちょっと毛先を遊ばせてるし、大人びていて一瞬分からなかった。  それより、え、、か……かっこいい。  中学の時もバレンタインでカバンに入りきらないほどチョコをもらっていたけど、大人になったら色気が加わって更にかっこよくなっている。 私が無言でじーっと見ていたからか、夜一はぱっとそっぽを向いた。 「そんなに見んなよ」 「あっ、ごめん。色々びっくりして……。え? ていうか何でここにいるの?」 「俺、お前と同じ大学なんだけど」 「え!?」  そうなの!? 今もう九月だけど全く気づかなかった!! 「しかもさっきの選択授業同じだったけど」 「ええ? 本当?」 「そーだよ」  夜一はものすごく不貞腐れている。 それもそうか、私が全然夜一の存在に気づかなかったから。 昔は一人じゃ不安でそわそわして、夜一がどこにいるかなんてすぐに見つけられたのに自分でも驚きだ。 「ごめん。夜一、勉強できるしまさか同じ大学だと思わなくて……何学部?」 「医学部」 「あ、そっか〜! 納得。私は看護学部だよ」 「知ってる」  え、何で? って聞く暇もなく夜一は私の持っていたスマホを取り上げて、私の指を掴むとホームボタンにピタッとさせて一瞬のうちにロックを解除して何かをしていた。 「か、勝手に何してるの……」 「連絡先登録しといた」 「!?」 「ていうかカバンがずっと開いてんだよ。気をつけろ」 「あぁっ! 本当だ……」  開けっぱなしになっていた私のリュックにスマホをポスンと戻して、夜一が去っていく。 しかも私の住んでいるマンションの数軒先に建っている高級集合住宅に入って行った。  え、家近い……。 勝手にスマホいじるし、強気な感じ……変わってないや。 中学の時の恋心を思い出して、私は少し胸が熱くなるのを感じた。  家に帰ったらカバンからスマホを取り出して登録されたばかりの電話番号を見つめる。 当時ずっと知りたくて、でも聞けなくて後悔していたものを……今、こんなにも簡単に手に入れてしまうなんて。  あの時、夜一を好きだって言える自分になろうって思って私は変わった。 受験だって頑張って第一志望に入れたし、カフェにも一人で入れる。 おしゃれして、メイクも勉強して……。 それで夜一と再開してーー、  あれ? 私って今どうしたいんだろう? 付き合いたい? 私、今でも夜一が好きなのかな? ただの憧れ? わからない……。  広いコミュニティに行って、特別な幼馴染が特別じゃなくなったのって私の方だったのかも。  その事に気づいてしまった時、なぜか無性に悲しくなった。 例えるなら、夏の終わりみたいな喪失感。  そして私は、それからなんとなく夜一に遭遇しないように行動してしまった。 でも、それが嫌なことから逃げてしまう昔の自分を彷彿とさせるようですごくモヤモヤする。  こうなったら……こうなったら、ちゃんと昔の恋を終わらせる。とか? 中学の時好きだったって伝えて。 でもそれって相手からしたら「で?」って感じだしなぁ。 「はあぁ〜〜」  とサークル棟の廊下で大きなため息をついていると、トントンと肩を叩かれた。
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