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――ドッグタワーは真下から見ると大迫力だった。700メートルを超える電波塔が空を突き刺している。電子チケットを提示して中に入ると――ああ天国! 壁も床も至る所が愛らしい姿で埋め尽くされていた。巨大なデジタルサイネージには『犬は古来より人間のパートナーとして歩んできた。我々の未来は犬と共にある』という誰かの立派な名言。
私は迷わず十一階に向かい、一番楽しみにしていた“お手会”の待機列に並ぶ。なんと大人気アイドル犬のポチにお手をしてもらえるのだ! もう一生手を洗わない!
……それにしても進みが遅い。私は中々進まない列に苛々しながら、暇を潰すように辺りをぐるっと見回した。人、人、人……その足元に何かが居る。最初は見間違いかと思ったが、それは間違いなく猫である。それもただの猫ではなく……あれは絶対にタマだ。
「あっ!」
タマがこちらに背を向け駆けていく。私は数秒の逡巡の後、タマをそのままにしておけず待機列を離脱した。人を避けながらタマを追う。タマはまるで私を待つように時々立ち止まり、また背を向け……奥まった場所にある半開きの扉に吸い込まれていった。その扉は影が薄く、タマが入って行かなければ存在自体気付けなかっただろう。「駄目だよ、タマ」と私も後に続いた。
扉の向こうはあまりに無骨な作りで、テーマパークの裏側を見てしまったような気持ちになる。恐らく従業員用の通路だろう。私は人に見つかって注意されないよう息を潜める。タマを探しながら暫く歩いて行くと、コツンと靴が何かを蹴った。床に落ちているもの……それは場違いな猫耳カチューシャだ。何故こんなところに? 目立つ汚れが無く、三角耳のバランスがあまりに黄金比だった為、私はそれを自分の頭に付けてみる。……何やってるんだ私は。誰も見ていなくて良かった、と思う。
外して元の場所に戻そうとした時、その音は聞こえた。
――ズルズル、ピチャ、ピチャ。
引き摺り舐め啜るような、生理的に不快な音。本能が警鐘を鳴らすと同時に、好奇心が私を駆り立てる。私は音に導かれるようにして薄暗い道を進んだ。
そして通路の一角で、ソレと相まみえる。
(なにこれ)
床の上でモゾモゾ動く世にも悍ましいそれは、恐らく生物だ。タコの様な吸盤が付いた太く長い触手は、粘度のある体液でヌラヌラしている。触手の上には太い……首? その形状はミル貝に似ていた。ミル貝の化物は数匹おり、何かに集っている。私は愚かにもその先を覗き込んでしまった。そこには頭から血を流し倒れ伏す人間の姿。ミル貝の中から伸びた長い舌が、血濡れた皮膚をピチャピチャ舐めている。
「ひっ」
私の情けない声に、ミル貝達がブルンとこちらを見た。
「何者だ! その耳……黒猫団だな!」
それはミル貝が喋った訳ではない。気付けなかったがその場には人間も居たのだ。黒いスーツを着たサングラスの男が闇に紛れるように立っている。反社会的な雰囲気を放つその男は警戒するように私に銃口を――銃!?
殺される、訳も分からないまま殺される! 私はギュッと目を瞑った。
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