22人が本棚に入れています
本棚に追加
ドッグタワーの裏道を、黒猫団と私は行く。あの恐ろしいイヌ星人と戦う事になるのかと思ったが、黒猫団が相手にするのはもっぱら人間だった。イヌ星人自体は見かけ倒しで戦闘力皆無であり、厄介なのは彼らの手足となった人間だという。スーツの男達の武器は実弾の銃だったが、黒猫団はマタタビ光線銃という対象を泥酔状態にする銃を使っていた。黒猫団は素人とは思えない俊敏な動きでスーツ達を圧倒し、彼らが優勢である以上血を見なくて済んだのは幸いだった。
送電室は上層階にあるらしい。入り組んだ迷路のような道を進み、階段を上り……体力も神経も大分すり減ってきた頃、根古が心配そうな顔で声を掛けてきた。と思ったら、ただの鬱陶しい恨み言だった。
「君、最近来なくなったと思ったらしっかり洗脳されてたんだね。まあまあの猫好きだと思ってたのに。残念だね、タマ」
「いや、仕方ないじゃないですか。不可抗力です」
「忘れられたのかと思ったよ。寂しかった」
「え!」
「……って、タマが言ってる」
タマが? 私は彼の腕の中の円らな瞳を覗き込むが、タマはフンと鼻を鳴らしピョンと飛び出して行ってしまう。いつも通りのタマだ。寂しがっていたなんて嘘でしょ、と彼の顔を見ると、思ったより近い距離に驚く。彼は不思議な顔で固まっていた。
「君、近い」
「ごめんなさい」
私はサッと彼から距離を取る。彼は顔を背け「全く君は」と呆れたように言った。
それにしても。君、君と呼ぶ彼は、私の名前など憶えていないのだろうな。私だけフルネームで憶えているのが不公平に感じた。
「あの、私の名前ですが……あっ!」
油断して彼から離れた私の落ち度だ。死角から出て来たスーツの男に羽交い絞めにされる。捕らえられた私の名前を、根古が焦ったような声で呼んだ。(なんだ、名前憶えてるんじゃん)
その時、下の方からシャーッと鋭い、猫の威嚇の声。「痛ッ!」と男が声を上げ、拘束していた腕が緩む。どうやらタマが男の足に噛み付いてくれたらしい。男の隙を見逃さず、根古がぐっと私を引き寄せた。彼は片腕で私を強く抱き留めながら、マタタビ弾を放つ。見事、命中。
根古は銃を下ろすと「はあ」と深い溜息を吐いて、私を抱く腕を緩めた。しかしそれは完全には解かれない。表情からは想像できない程、大きく脈打つ彼の心臓。
「……私のことなんて、興味ないのかと思ってました」
「えっ、なんで」
「だっていっつも素っ気ないから」
「……そんなことないでしょ」
「いやいや、おやつも食べてくれないし、猫じゃらしも反応しないし」
「ん?」
「でも、店長も見ましたよね? 私を助けてくれたところ! 有難うタマ、大好き!」
根古を押しのけタマに駆け寄る私に、根古は先程よりもっと深い溜息を吐いた。私は熱い顔を隠すように熱心にタマを構った。
最初のコメントを投稿しよう!