【イヌ星人】

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 それから暫くして、黒猫団と足が棒になった私は遂に、灰色の機械だらけの送電室に辿り着いた。そしてそこに、具現化した悪夢を見る。  ソレは道中見かけたイヌ星人の十倍は大きな体をしていた。巨大イヌは重そうに首をもたげる。そこには目も鼻もないが、私は不思議と“目が合った”と感じた。  瞬間、頭の中にビリリと電流が走ったようになる。これは洗脳ではない……イヌ星人は、私の脳内に直接語り掛けて来たのだ。意識がイヌ星人と共に過去を遡る。  彼らは太古の昔――まだ恐竜が跋扈(ばっこ)していた頃の地球の、支配者であったという。彼らは肉体こそ脆弱だが高い知能と、他生物の脳に作用する特殊な電波“精神感応(テレパシー)”を有していた。彼らは他生物を洗脳することで、餌となる“愛情エネルギー”を摂取し、寄生……共生していたという。  ある時、彼らは地球の危機を察知した。地球に近い巨大惑星が寿命を迎え、超新星爆発を起こそうとしていたのだ。爆発が起きれば放射線により生物は息絶える。電荷を帯びた原子や分子の増加で地球は雲に覆われ、太陽光が届かなくなり、氷河期が訪れる。それを予期した彼らは宇宙に避難した。放射能が減少し、再び地球が住み心地の良い星になるまで、彼らは遠い宇宙で息を潜めて待っていたのだ。  宇宙生物は地球生物と比べると愛情が希薄であるらしく、地球に戻る為のエネルギーを蓄えるのに相当な時間を要したらしいが、ようやくこうして戻って来たのだという。  帰還した彼らは、地球の現支配者の人間を供給源にすることにした。人間の身近な存在である犬になり代わることで、人間の愛情を得ようとしようとしたのだ。 『共に生きよう。我々は人間を傷付ける気はない。全ての生命体を愛している。我々が望むのは平和的な共生だ』  と、巨大イヌは言う。思えば怪我人に集っていたイヌ星人達は、ただ様子を窺っているだけにも見えた。もしかして心配していたのだろうか? 嘘みたいな話に、私は同じくテレパシーを受け取ったのだろう根古と顔を見合わせる。  巨大イヌから敵意は感じられない。私は、そっと問いかけてみた。 「な、なんで犬だったんですか? 人間のフリをした方が都合がいいんじゃ……」 『人間の人間に対する愛情は無償ではない上、簡単に憎悪に転じる危険性も孕んでいる』 (そ、そう? ……かな?)  “共に生きよう”と、イヌ星人はもう一度言った。犬への愛情で一致団結し、平和で美しい世の中を作ろう、と。 「嫌だね」  根古がきっぱり切り捨てる。それはそうだ。怪しい電波に支配され、この化物を盲目的に愛さなくてはいけないなんて御免だ。しかし彼の理由はもっと単純だった。 「僕、猫派だから。犬を選んだのが君達の敗因だよ」  巨大イヌが小さく唸った。  その時、廊下が騒がしくなる。地面が揺れるような無数の足音、ハッハッという荒い息遣い。扉を突き破って来たのは犬の大群だった。 『何故ここに犬が!』  激しい剣幕の犬達に、巨大イヌは慌てて逃げようとするが……犬達に噛みつかれ、ボロボロのぐちゃぐちゃにされていった。 「犬の忠誠心を侮ってはいけない。隔離された離島から、自ら海を越えて戻って来たのですよ」  犬達の後ろから現れた、白装束の軍団。応援団のような服の胸元には『白犬会』と刺繍されている。根古が半目で「いい所だけ持っていきやがって」とぼやいた。  彼ら白犬会も黒猫団同様に、イヌ星人達の目論見に気付き、また行方不明の犬達を取り戻すために水面下で奮闘していたらしい。犬猫二つの組織は力を合わせて、イヌ星人や黒スーツ達をのしていった。 「最後の見せ場は僕らが貰おう」  私は根古の言葉に頷きかけるが、彼はタマに言っていたらしい。グミの様な肉球がそれらしい機械のボタンを押し――人々は幸せな悪夢から醒めた。
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