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14
時計の針がもうすぐ日を跨ごうとしている部屋の中、陽希はベッドの上で仰向けになっていた。
考え込むように天井を見上げ、そっと自分の左手を照明に透かして見る。
――お前は、赤い糸のせいでそう思ってるだけだ。
蘇った青島の言葉に、漠然とした切なさが胸に広がった。
「……気持ちを信じてもらえないのって、フラれるよりもきついかも」
フラれた……でいいのだろうか。そう悩み、しばらくしてやっぱりあれは振れられたのだろうと陽希は結論付けた。
「赤い糸のせいじゃないなら、振らなきゃいけないって言ってたけど……」
つまり、赤い糸のせいで好意を持ったのなら、青島はあの関係を続けたかもしれないということ。だが、陽希の本心からなら受け入れられない。
陽希は眉を潜めて、怖い顔で赤い糸を睨んだ。
運命の赤い糸――などというが、陽希の知る限りではこの糸の繋がった相手を絶対に好きになる……という強制力にも近いものはないはずだ。
現に陽希は、街中で糸が繋がっていなくても幸せそうな家族を見たことが少ないながらもある。それは青島も知っているはずだ。
なにより、陽希が青島を好きになったのは糸が繋がってからのことだが、それは繋がったことがきっかけとなって彼と過ごす時間ができ、親交を深めたが故だ。
なにも糸が繋がった瞬間から彼を愛していたわけではない。
「青島くんだって、糸が見えるんだから知ってると思うけど……」
考えたって分からない。なぜ、彼はあんなことを言ったのか。
それだけ陽希が嫌われているというのなら、悲しいけれど納得して距離を置く。けれど、彼の態度はまるで陽希を振ることに苦しんでいるようだったじゃないか。
暗がりで怯えて小さくなる子どものようだった。一体なにがそんなに彼を怖がらせたというのだ。
(そういえば、繋がった糸を見てからおかしかったかも……)
くるくると手首を回して手の甲や手のひらを見返し、赤い糸に触れてもみたがなにか変わった様子はない。
ぱたり、と布団に腕を落とし、陽希は長く息を吐いた。
(青島くんて、告白してきた子の糸を確認してから断ってたかも……)
そうだ。彼は相手の子の糸が、自分じゃないどこかに繋がっていることに安堵しているようだった。
今思えば、あれは心置きなく振ることができるという、そういう安心なのかもしれない。糸が繋がっていないから……だから、相手が自分に向ける好意は一時的なものだと、そう思っているような。
けれど、それじゃあ事故とはいえ、糸の繋がった陽希の気持ちを断る理由もないように思えた。糸の繋がっていない人の好意を信じられず、そして糸の繋がった陽希さえ、遠ざけるというのなら……それなら青島は、だれの気持ちなら信じられて、受け取れるというのだろう。
寝返りを打って、陽希は枕元のスイッチで明かりを消した。
もう日付が変わった。普段ならとっくに寝ている時間だから、本当にそろそろ寝ないと明日に差し支える。
そうは思っても、瞼を閉じても頭に浮かぶのは青島のことばかりだ。
(糸のあるなしに限らず好きになるっていうのは、嬉しいものじゃないのかな……)
微睡み始めた意識の中で、陽希はそう思った。
赤い糸を題材にした媒体の中で、赤い糸がなくたって愛してるというのは鉄板のセリフでもあった。そんな言葉を交わした男女は、愛おしそうに視線を交わして幸せなキスをして物語は終わるのだ。
「たしか……一人でいたがってたって。そう言ってたよね」
眠気で緩くなった滑舌で、陽希は独り言ちた。遊園地での竹内や東山の言葉だ。
一年生の頃の青島の人の避け方は異常なほどだったと。
他人を避けることも、陽希の告白に大きく動揺したのも、もしかしたら根本的な理由は同じなのかもしれない。陽希はなぜか、確信めいてそう思った。
「赤い糸ってなんなんだろう……」
半分ほど眠りに沈んだ意識で、陽希は初めてそのことを疑問に思った。物心ついた時には赤い糸を題材にした媒体は数多く存在して、考える必要なんてなかった。
けれど、フィクションのように絶対的な運命を示すわけでもなく、かといって全く的外れでもない。
そもそもよく考えれば、これは普通の人には見えないのだ。それじゃあ、一体、これはなんのために存在しているというのだろう。
見えないのなら、存在しないのと一緒じゃないか。
それならなぜ、自分たちは見えるのだろう。そこまで考えた陽希は、眠気に逆らえず、ぐっすりと眠りに入った。
◆
昼休みになると、クラスの半分ほどは食堂や購買に向かっていく。
食堂も購買も、建物を出て渡り廊下の先の本館に行かなければならないため、一時的にだが校舎内は静かになる。
陽希は残った生徒の声が微かに響く廊下を進み、階段を上った。屋上への鍵は常時閉まっているので、その扉の手前で腰を下ろし、そっと持ち込んだ携帯と名刺を見比べた。
(社会人の人って、いつなら電話してもいいんだろう?)
陽希が学校を終えた頃ではまだ仕事中だろうし、けれどそれ以降だと家で電話をかけることになる。大丈夫だとは思うが、万が一母に聞かれてしまうことを考えると、避けたほうがいいだろう。
お昼休みなら大丈夫かな?
ドキドキしつつ、番号を打ち込んだ携帯をしばらくにらめっこしていた陽希は、ええい、と内心で勢いづけて通話ボタンを押した。
すぐに耳に当てると、呼び出し音が鳴った。緊張してバクバクする鼓動を聞きながら待っていると、そう経たずにプツンと音が途切れ、すぐに低い男の声が答えた。
「はい、成山です」
「も、もしもし……この前名刺をいただいた稲葉陽希です……あの、覚えてますか?」
そろそろと訊ねると、成山は少し柔らかくした声で「ああ」と頷いた。
「恵子さんの息子さんでしょ? もちろん覚えてるよ」
「あの! この前相談があったら聞いて下さるって言ってくれましたけど……本当ですか?」
長話をしている場合でもないので、陽希はさっそくとばかりに切り込んだ。
電話口で少しの沈黙が挟まれ、ごくりと息を飲んだ瞬間、あっさりとした声で「うん、いいよ」と肯定が返ってきた。
「陽希くん、学生さんだもんね……俺がそっちに行くよ。ちょうど午後から仕事でそっちに行かなきゃいけないし……学校って何時まで?」
「えっと、四時前には終わってます」
「うーん……ちょっと待たせることになっちゃうけど、今日の夕方に駅前で待ち合わせは? 大丈夫?」
「はい! 大丈夫です」
よかった。安堵して笑みがこぼれる。しかし、すぐに仕事終わりにわざわざ来てもらうのだからと、思い直してつけ加えた。
「あの、俺待ってるのは苦じゃないので、時間は気にしないでお仕事頑張ってください」
「はは、そういう健気なことは誰にでも言わないほうがいいよ」
「え?」
「じゃあ、また駅前で。着いたら連絡するね」
知らない人にはついて行っちゃダメだよ。含み笑いで言われ、陽希が答える前に電話は切れてしまった。
プツンと途絶えた電話を見下ろす。
緊張したけれど、話した感じでは愛想の良い優しい人だった。
(なんだか、子ども扱いされてる気もしたけど……)
小さい子どもに言い聞かせるようだった最後の台詞に、ちょっぴりムッとしつつも、気づくとほっとしてえ顔が緩んでしまった。
(成山さんは赤い糸について、なにか知ってるのかな……)
そうじゃなきゃ、相談に乗るだなんて言わないだろう。
ずっと気がかりだった電話も無事に終えられた。ほっと一息ついて、陽希は横に置いていたお弁当を膝の上で広げた。
心配事が一つ減ったからか、急にお腹すいてきた。
意気揚々と弁当を開けた陽希だが、そのなかで焦げた卵焼きを見つけてしゅんと気落ちした。
「……やっぱり玉子焼きだけ不格好だよね」
なんとか形にはなっているものの、焦げが目立つし、形も整っているとは言いがたい。
食べてみると、焦げた苦みがふんわり鼻腔に広がりはしたが、いつも母が作ってくれている卵焼きと同じ味がした。
(お母さん、どうして毎日あんなに綺麗に作れるんだろう)
今朝方、陽希はいつもより早くキッチンに降りていき、弁当作りの手伝いを申し出た。
急にそんなことを言い出した陽希に、母は戸惑いつつも了承してくれた。
ほかのものは昨日のうちに下準備が終わっているから、と卵焼きを作ることになったのだ。
陽希だけではなく、父も毎日弁当を持って行っている。そのため毎日卵焼きは二つ焼いているらしい。
まず、母が手本として一つ焼いて見せた。
流し込んで、丸めて形を作る。母の手際の良い手つきでは、随分簡単そうに見えたものだが、実際にやるとなるとどうにも上手く巻けなくて困ってしまった。
「わっ、あ、ああ……!」
もたもたしているうちに表面がプスプスと煤を作り、それに焦った陽希がさらに慌てて形が乱れる。最後は自棄とばかりに隅に寄せて丸めてどうにかなったが、まさか自分があそこまで不器用だとは思わなかった。
なんだか少しショックだ。
あんまりに陽希の手際が悪すぎて、あの母が見るからにあたふたして、けれど手を出すことも出来ずに見守っていたぐらいだったのだから。
結局、焦げたのだけでは可哀想に思った母が、自分が作ったヤツと陽希の作ったヤツを半分ずつ弁当箱に詰めてくれたのだ。
「お母さんってすごいなあ……」
昨日から度々思うことを、陽希はまた呟いた。
小さいころは、母の気を引きたくて色んな手伝いをしたことがあった。けれど、それも今じゃほとんどない。
――いつからしなくなったんだっけ?
呟きながら、陽希は今度は豚肉と葉物の炒めものを食べた。これは母が作ったものだ。塩こしょうのシンプルな味付けだが、肉のほうに下味がついてるのでサッパリしつつも深みのある味わいになっている。
「美味しい……」
もぐもぐと一人で静かに昼食をとっていると、不意に足音が近づいてきた。話し声もなく、一人のようだ。
誰だろう。不思議に思った陽希に微かな警戒が芽生えた。上ってきたところで屋上には出られない。ということは、陽希のように人目を避けようと誰かがやって来たのか。
どうしよう、と陽希の中に焦りが生まれた。大したスペースもない踊り場に知らない人と二人で昼食をとるのは気まずい。
片付けて、残りは教室で食べようかな。思い浮かんで、それがいいとばかりに陽希は慌てて弁当の蓋をした。そうして適当にランチクロスで包んで立ち上がろうとしたとき、間に合わずに階段から生徒が現れた。
「あ、稲葉いた!」
よかったあ、と大袈裟に安堵して肩を落としたのは多田だ。
「幸基くん? なんでここに? 俺のこと探してたの?」
まさか知り合いがくるとも思わず、座ったまま呆けていると、多田が一段飛ばしで上ってきて隣に腰かけた。
いつから探していたのか分からないが、多田は少し疲れた様子だ。
「教室にいないからさ、ビビったわ」
「ごめん、いつもは教室で食べてるんだけど……なにかあった?」
わざわざ貴重な昼休みに探しにくるほど急な用件だろうか。
思い浮かぶのはクラスのことで太田が言付けたとかそんなことだろうか。けれど、多田は陽希とクラスが違うし、あの太田が陽希の交友関係を把握しているとも思えない。
一体なにが……? 首を捻る陽希の横で、多田はわざわざここまで来たのに、なぜか迷うように言葉を詰まらせた。
「あー……いや、俺が口出すことじゃないとは思うんだけどよ……」
「うん」
「あのよお……俊也と、なんかあったか?」
「え?」
急に青島のことを言われて、陽希は驚いた。箸を取りこぼしそうになって、あたふたと落とす前に手に取った。危なかった、とひと息ついて、おずおずと陽希は訊ねる。
「なにかってなにが?」
まさか告白したことを知っているわけではないだろう。青島が多田相手とはいえ、積極的に吹聴するとは思えない。
けれど、それならばどうして多田は昨日の二人のやり取りを気にしているのだろう。
問題はなかったです。とけろりとした顔で訊き返した陽希に、多田は困った顔で自分の頭に手を回した。
「いや、な? 俊也のやつ、飯も食わねーで机に突っ伏して寝ちまっててさ……朝から様子が変だったし、こりゃ稲葉関連でなにかあったな、と思ってよ」
「……でも、それが俺が原因だとは限らないんじゃ?」
決まり切った口で言う多田に、陽希は困惑と少し拗ねたような気持ちで諭した。そりゃ、青島が自分のことをそこまで気にかけてくれるというのなら、嬉しいだろうけど……。けれど、そんなことあるはずない。
きょとりとした彼は、
「ん? いや、あいつがあんなふうに感情を出すのは稲葉のことだけだぜ」
なに言ってんだ? とでも言うように言われて、今度は陽希が困惑してしまった。
なんでそんなことを当たり前な顔で言えるんだ。
「そんなこと、あるわけ……」
信じられなくて、震えた口で言った。すると、あれ? と眼を瞬いた多田が
「もしかして俊也から言われてないのか? あいつ、一年の時から稲葉のことばっか眼で追っかけてたんだぜ?」
「え?」
「てっきり、二年になってやっと話しかけられたんだと思ったのに……違うのか?」
「ち、違うよ! 去年からずっと見てたのは俺の方で……! 話すようになったのだって、俺から話しかけて……」
というか、陽希が勝手に赤い糸に触れてしまったんだ。青島からすれば、事故に巻き込まれたようなものだろう。
(前から俺のこと知っててくれたのは分かってたけど……)
「本当なの? あの、人違い、とかじゃなくて?」
青島とはクラスが違うし、見ていたとしたら遠目にだろう。それなら、陽希ではなく他の人を見ていた――なんてこともあり得るはずだ。
だが、すぐに、多田がそれはないと首を振った。
「あんまりにあいつがじっと見てるから、気になって訊いたんだよ。見てんのって六組の委員長だよな? って、そしたら頷いてたから、稲葉のことで間違いないぜ」
ニカッと安心させるように多田が大きく笑った。
陽希は放心状態で、しばらくしてから「そうなんだ」と小さく相づちを打つ。
(どうして、俺のこと見てたの……?)
やっぱり、赤い糸が切れていたからだろうか。それ以外に、青島が自分に気にかける理由もない気がする。
ただ、それならどうして最初からそう言ってくれなかったのだろう。そうすれば、友達になれたかもしれないのに。
そこで陽希は、いや……と内心で首を振った。あの時はそんな友好的に関係を始められるような状況ではなかっただろう。
むしろ、青島が恋人ごっこと言って関係を始めてくれたことのほうが驚きだ。
過去の過ちを思い出してそっと肩を落とした陽希に、「やっぱなにかあったんだろ?」と多田が心配そうに見てくる。そしてサッと顔を青くさせた。
「……まさか別れたわけじゃないよな?」
「いや別れたわけじゃないけど……って、え? 別れ……?」
「だって稲葉も前から俊也のこと気になってたんだろ? 好き合ってるなら、付き合ってるんじゃないのか?」
「いや、そんなことは……だって俺は好きでも青島くんは違うし……」
陽希だって、こうして青島と赤い糸が繋がって話をするまでは、あくまで赤い糸が見える同類として気になっていたのだ。恋愛感情じゃなかった。
それは青島だって同じだろう。現に陽希は、昨日フラれているのだから。
しどろもどろに答えると、多田は意味が分からないとばかりに腕を組んで首を捻った。
「俊也がそう言ったのか?」
「……実はね、昨日青島くんに告白したんだ。それで、フラれちゃった」
へへ、と辛い気持ちを誤魔化すように笑って見せた。
誰にも言うつもりなんてなかった。男同士だし、理解のない人がいることも知っているから。けれど、多田のほうからそう言ってくるということは、彼はそういうことに偏見はないのだ。それに青島のことをよく理解している人だし、多田になら言ってもいいだろうと判断した。
「青島くんが俺を見てたのは、好きだからじゃないよ……」
自分で言って、チクリと胸が痛んだ。好きでいられるだけでいい。そう思うのは本心だが、フラれてノーダメージとはいかない。
「……俺には稲葉のことが好きなように見えたんだけどなあ。だって、あんなにお前の傍に行きたそうにしてたんだ……傍に行きたいくせに、なんでかそれを戸惑ってた」
子どもが、見たものを親に語るように、多田は身振り手振りで興奮したように語った。
廊下ですれ違うと眼で追ってた。窓から見るとぼんやりして眺めてた。陽希が眼に入ると話半分になるから、すぐに分かるのだと多田は笑って言った。だから、いつも一緒にいる多田や竹内、東山は前から陽希のことを知っていたのだと。
楽しそうに話していた多田は、ふと言葉を止めて切なげに瞳を伏せた。
「俊也のやつ、また一人になりたがってんのかなあ」
そこで陽希は、竹内たちが話していたことを思い出した。
一年のころの青島は、誰も寄せ付けずいつも一人だったと言っていた。
「……青島くん、幸基くんたちとも最初はあんまり傍にいたがらなかったって……本当?」
問いかけると、多田はすぐに頷いてあの頃は大変だったと苦笑した。
「まあ、俺らが仲良くなりたくて勝手に大変な思いしてたんだけどよ」
「幸基くんがけっこうしつこく話しかけてやっとだって二人とも言ってた」
「そうそう。あ、言っておくけど俺が嫌われてたんじゃなくて、あいつは誰に対してもそうだったからな? 最小限の会話しかしなくて、いっつも一人で窓の外をぼーっと見てたよ。無気力って言うか、誰とも関わる気ありませんて壁はってる感じ」
思い出すように多田は宙を見てつらつらと言っていく。当時の青島を、どれだけ気にかけていたのかがわかる。
話しかけても「ああ」しか返ってこない。あからさまに邪魔者扱いされる。しまいには言葉で「構うな」「うっとうしい」だぜ?
指折り数えるように一つずつ多田はあげていった。言葉では苦労さがにじみ出ているが、彼は笑顔だった。今じゃそれらも思い出の一つなのだろう。
陽希の知る青島からはほど遠くて、思わず茫然とした。
「そんなに……」
そこまで頑なであからさまだとは思わなかった。
「はは、すっげー頑固だろ?」
「でも、なんで幸基くんはそんなに頑張れたの?」
そこまで頑なだった青島が、今じゃ四人で連んでいるのだ。その苦労はいかほどだったのか。
昔からの知り合いでもなくて高校に入ってたまたまクラスが一緒だっただけの、性格もなにも知らない生徒一人に、なぜそこまで関わろうとしたのだろう。
陽希の疑問に、多田は苦い顔で呟いた。
「俺、年の離れた弟がいるんだけど、その弟がさ淋しいのを我慢するときの顔に似てたんだよな」
最初はそこまでしつこく追い回すつもりもなかったらと多田は言った。
けれど、せっかく同じクラスなんだからと、挨拶は毎日交わしていたという。そうしてしばらく経って、青島に苦い顔で言われたらしい。
「俺は一人でいなきゃいけないから、だからもう喋りかけるなって言われたんだ」
一人がいいっていうのと、一人でいなきゃってのは別物だろ?
と、言われて、陽希もこくりと頷く。
――振らなきゃいけないだろ。
昨日も、青島はそう言っていた。
「自分で望んでるわけじゃないっぽいし、なら俺たちが我慢することないだろ? だから竹内とか東山としつこく絡んでたらそのうち諦めたな」
カラリと良い笑顔の多田に、陽希もくすくすとつられてしまう。彼らが本当に仲がいいことを知っているからだ。
四人でいるときの青島は、それを嫌だと思ってるようには見えない。
二人で笑い合って、それでふと真面目な顔をした多田が陽希を見た。
「俺らのことは、多分その場限り……高校だけの関係だってあいつは割りきって一緒にいる。だから、俊也がなんでそんなふうに一人でいなきゃいけないって自罰的なことを言ってんのか……そこまでは踏み込めない」
自罰的という言葉に、青島の言葉が浮かんだ。
罪人なのだと……彼は自分のことをそう言っていた。
「けど、稲葉は違うと思うんだ。お前はあいつにとってきっと特別だから」
そう言って多田は、一人だった青島が特別な人を見つけた――それを心底喜ぶように微笑んだ。
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