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「単刀直入に申し上げますが、今の貴方は家族の財産をドブへ捨てたのと同じ状態です」
「ドブって、そんな…」
歯に衣着せぬ物言いに田端はぐっと前のめりになって抵抗感を表した。しかし夕顔は身じろぎひとつせず、気を引き締めて小さく顎を引く。
「同じです。愛人だと思っていた女性に騙され、自身の自由な財産のみならずご家庭の貯金に手を出し、そこまでしてまで貢ぎ続けたのにお相手の女性は愛人ですらなかったのです。ただあなたの資産を狙っていただけで、何人もの男性を手玉に取っていました。奥様やお子様を裏切ってまで貴方が得たものは、何もないのです」
「うるさいっ! そんなこと――」
「わかっていらっしゃりますよね。私が指摘せずともご理解していらっしゃるはずです。だから送金も家賃の支払いもやめられたのですよね」
興奮して闘牛のように突っかかってきそうな田端に、今日くらいは赤以外の着物にしておけば良かったと思った。
「ただそのままでは、マイナスがマイナスのまま止まっただけに過ぎません。それを、プラスとは言わずともゼロか、より浅いマイナスへ持っていくための手段を、私たちは提案させていただいております」
彰も了承済みかのように話してはいるが、すべて夕顔の単独行動だ。だが元々は彰の提案でもある。夕顔がもうひと押しの説得をしたところで、彰の今後に支障は出ない。
(いいえ、もう出ている…と言うべきかしら)
彰が結婚詐欺被害者の会を創設した話がついにマスコミへと漏れた。巷では瑠璃の派手な外見にかこつけた不名誉なあだ名が流れており、次期社長としての彰の経歴に傷をつけるとまで噂されている。
彰が相討ち覚悟までしてここまで話を進めてしまった以上、夕顔としても止める術がない。それならなんとしてでも彰に有利になるよう進めなければ。それが彰のために夕顔のできるせめてものことだ。
(彰くんが一回で落とし切れなかった相手…。私に落とせるかしら)
彰と、貝塚という男のおかげで、大抵は一回で証拠動画と集団訴訟の両方に同意を得られている。しかし全員がそういうわけにもいかず、この田端のように彰への返事を保留している者もいた。
「でも…もしバレたら、妻になんて思われるか…」
願わくばこのまま返事をする前にすべて過ぎ去ってほしいだろう。随分と甘い考えだが、もとより不倫はしても離婚はしたくない甘えた人物だ。予想の範囲内ではある。
そんな相手を、四天王寺のネームバリューだけで落とせるのか。華奢で社会人経験も自分より劣る小娘相手に納得してくれるのか。
だから彰の口調を真似たし、事前に種もまいた。
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