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「大丈夫だよ。あんなに夕ちゃん大好きなお父さんが怒るわけないし」
「だといいけれど…」
会社の行く末がかかっていただけに、安易に同意できなかった。代表取締役でありながら家事も育児もしていた父のことは素直に尊敬している。驕らず高ぶらず、笑顔で家族に接してくれる父を敬愛している。だから婚約者が酷い男でも文句一つ言わず従ってきた。父の期待に応えたいと思ったから。
「じゃあ夕ちゃん、これからバリバリ働けるわけだ」
「え…? あ、確かに…」
目立てないようになったのは性格だけの話ではない。もし失敗したら父や会社の株を下げてしまうのではと思うと、せっかく夕顔の希望で働かせてもらっているのに、チームリーダーなどの重要な役割から逃げるようになってしまっていた。無意識だったから、指摘されてようやく気づけた。
彰は夕顔の白い手を取った。大きな両手に包まれる。温かい。久方ぶりの、誰かの体温。
「夕ちゃんの魅力はさ、伝わる人には伝わるから。見てくれてる人はちゃんと見てるから。だから心配しなくていいよ。夕ちゃんは芯が強くて、綺麗だから。男を立てる奥ゆかしさを一番にするようにって築山さんには言われたんだろうけど」
確かに教育係の築山には耳にタコもイカもできるほど「奥ゆかしく!」と言われてきた。出しゃばらないように、男性の三歩後ろを歩くようにと。
「でも奥ゆかしすぎるのも罪だよ。夕ちゃんはこんなに綺麗なのにさ。自信もたないと」
「彰くん?」
こちらを覗き込んで熱く語る彰が、励ましてくれているようで違う話をしている気がするのは気のせいだろうか。首を傾げた。
「あのクズがいなくなったからやっと言えるよ。夕ちゃん、俺と付き合って。友達じゃなくて、恋愛で。真剣に」
手を握られたままの告白に心臓が跳ねた。
(あ…。「婚約者がいるから」って断れなくなったのは、私も同じなのね…)
生まれてこの方恋愛とは無縁だった夕顔がまず思ったのは、そんなことだった。
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