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「見ろ、瑠璃のこの姿を! お前みたいな地味女よりも瑠璃のほうが何倍も、何千倍も、何億万倍も愛くるしくて俺の許嫁にふさわしいだろう!」  取引先の役員たちも揃い踏みの場で、本人たちはスポットライトを浴びながら、なぜか夕顔個人へ宛てて叫ばれた。周りの人々がちらちらとこちらへ視線を寄越すのが痛い。しかしそんな扱いに慣れているのも残念ながら事実だ。夕顔はただ凛と前を向く。  それからはいかに瑠璃という彼女が聡明で華美で、地味で愚鈍な夕顔よりも優れているかを、よくもまあそれほど舌が回るものだと感心するほどつらつらと挙げ連ねてくれた。 「瑠璃はこの俺と並べる度胸があるんだよ、いっつも俺を盾にしてたお前と違ってな! 『はい』しか言わねえお前とは違って話もおもしろいしな。おもしろい話は頭が良くないとできないからな! お前の話は聞くに耐えん。つまらないことばかりだ! あと瑠璃はメイクにも詳しい! まったく進歩しない、不勉強で一人じゃ何もできないお前とは違って、いつも勉強しているんだ! いずれは化粧品分野に手を広げてもいいだろうな。もちろん瑠璃の期待に応えられるように俺は頑張るぞ!」 「嬉しいー! 大雅大好き!」  なんだこの茶番は、と思いながら、妙に苛つく台詞を夕顔は静かに聞いていた。壇上へ叫び返すような、四天王寺家にあるまじき言動はしない。  「瑠璃の期待に応えられるように」ということは、勅使河原グループが実質瑠璃のものになるということだろうか。大雅が瑠璃の言う通りに動くというならそうなるだろう。次期社長は実質瑠璃だと。大雅は操り人形だと。それを今この場で宣言していいものか。この場でなくともまずいと思うのだが。  夕顔と同じく大雅を黙らせるべきだと判断したのか、淳史が傍の者に指示を出していた。SPらしきスーツの男性が三人、短く頷いて大雅たち二人を囲む。  しかし大雅はマイクを離さない。会場は静かなままだ。皆呆れて物も言えないのだろう。こちらも、夕顔と同じく。 「瑠璃がお前より優れてるところなんていくらでもあるけどな! お前は『婚前交渉はだめだから』なんて俺を断っておきながら他の男と散々遊んでただろう! 男なら誰でもいいんだろう? 俺とは寝ないくせに。穢らわしい女め! 瑠璃から全部聞いてるぞ! お前は婚約者としての責務を果たさなかった! 婚約破棄はお前のせいだからな! お前になんか指一本も触れたくないわ!」  マイクを手からもぎ取られ、瑠璃と引き離され、無理やりひな壇から下ろされながらも叫び続けたことは褒めればいいのか。しかし内容は褒められたものではない。そもそも叫ぶ場でもない。何からつっこんでいいのやら。少なくとも、夕顔と大雅の間に肉体関係はなく、瑠璃と大雅の間にはあることが様々な企業の役員たちに知れ渡った。誰も求めていない情報だろうに。そして夕顔の不貞をでっち上げられた。四天王寺グループの取引先も数多いるこの場所で。最悪だ。周りもさすがに夕顔を見てひそひそと話し始めた。それでも夕顔は前を向く。  離れた位置からわざとらしく両手を口に当てて「キャー! 大雅!」などと悲鳴を上げる瑠璃と、男たちに連行されながらも「瑠璃ー! 俺は絶対お前を離さないぞ!」と叫ぶ大雅による誰も頼んでいない三文芝居が繰り広げられ、夕顔はついにこらえ切れなくなった溜息をついた。壇上で淳史が席についたまま頭を抱えているのが見えた。
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