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「良かったね、夕ちゃん。やっぱりお父さん怒ってなかったし。夕ちゃんには」
「ありがとう」
彰がいてくれたおかげで、早めに父としっかり話せた。それに仕事を続ける選択を許してもらえた。
夕顔は頭を下げる。しかし彰は「大したことしてないから頭上げて」と言って微笑むばかりだ。モテる理由がわかる。大雅がモテる理由はせいぜい御曹司のお金持ちという点しかわからなかったのに、彰が人気な理由はとてもよくわかる。
「あのね、彰くん。私、大雅さんを許せない。それにあの女の人も」
「当然だと思うよ。…一応名誉毀損にあたるだろうし、お父さんも証人集めて抗議くらいはするだろうけど…。夕ちゃんはどうしたいの?」
いくら夕顔を溺愛していても、名誉毀損とはいえ仮にも親友の息子相手に裁判まではしないだろう。
「うーん…今は何も考えられないけれど…。あ、もし同じような場でまた話す機会があれば嘘を撤回して謝罪してほしいかしら」
だがそんな機会はないだろう。
大雅は長年叔父、現社長淳史の弟である剛志と後継者争いをしていた。結局は大雅が勝った形となりそれを知らしめるのが先日のパーティーの目的だったが…淳史が頭を抱えていたのを見るに、大雅は今後ああいった場には出されない。少なくとも当分の間は。だからもしもを考えても意味がない。
今は眼の前の人に真摯に向き合わなければ。
「ただ私は、彰くんが褒めてくれるほど綺麗じゃないから。それでもいいのかなって」
それでも好きだと言ってくれて、絶対に守ると言ってくれるのだろうか。
そう答えれば、彰はふっと息を漏らして笑った。それが自嘲だと気づくのには時間がかかった。
「許せないって思うのが綺麗じゃないなら、俺は汚れきってるよ。夕ちゃんをこんなにも傷つけたあいつを許せないどころか憎んでるし、噂で盛り上がる奴らも、便乗して夕ちゃんに近づこうとしてる奴らも許せない。…こんな俺じゃだめかな」
「全然そんなことは…」
むしろ代わりに怒ってくれて嬉しいくらいだ。
そんな夕顔の内心は伝わったのか、彰は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあこれからデートしようよ。久しぶりに気兼ねなく話せるし、俺は夕ちゃんと一緒にいたいし」
そう言って彰は席を立った。デートは決定事項らしい。
かっと耳まで赤くなったのが自分でもわかった。そんな無邪気な顔で、昔のような話し方で、昔よりも大人になった彰に優しく誘われる。笑顔が凶器だ。照れてしまって直視できない。ああまた感情コントロールがうまくいかない。
「どこに行くの?」
夕顔も続いて席を立ちながら尋ねる。
「夕ちゃんを連れて行きたいところがあるんだ。ついてきてくれる?」
歩き出しざまに手を取られた。
「嫌?」
「嫌じゃ、ない…」
嫌ではないけれど、まだ返事もしていないうちから急すぎではないだろうか。こちらは恋愛慣れしていないのに。
そうやって彰のエスコートひとつひとつにどぎまぎしていたから、前を歩く彰の表情が曇っていたことに気がつかなかった。
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