負け犬の雄叫び

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暗い夜道には、人影は一切なかった。空気はひんやりとしており、薄着で来たことを後悔する。目の前には、ポストがある。そして、俺の手には、一通の封筒がある。そこには週刊誌の住所が書かれており、そして、封筒の中には、ボイスレコーダーがある。これをポストに入れれば、世間に課長の悪事が知れ渡る。そう、もう俺がハラスメントを受けることもない。これで復讐できる。 しかし、そんな思いとは裏腹に、俺はなかなか踏ん切りがつかなかった。俺は間違えていない。課長は、悪いことをした。いや、ここで俺が訴えなければ、課長はこれからも悪事を重ねる。俺は正しいことをしている。そう言い聞かせるのに、心の中で、止めようとする自分がいることに気付いた。 本当にこれは正義なのか。課長が間違っているからって、このやり方で良いのか。こんな密告みたいなやり方は、卑怯者で、意気地なしがやることではないか。もうあと一歩のところで、弱気な自分が顔をのぞかせる。 その時、ふと、娘の顔が頭に浮かぶ。俺が今やろうとしていることは、自分の娘に言っても、胸を張れることだろうか。そんな問いかけをしなくても、答えは分かっている。 俺は結局、封筒をカバンに戻した。そして、吹きすさぶ風の中を、身を縮めながら、帰途についた。
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