好きだ

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 学校の校舎や周りの民家が、オレンジ色の夕日で染まっていく。この時間がとても好きだった。下校っていう、解放感ある瞬間だからというのが一番だったけど、今は違う。  下校の時間は出会いと別れの時間。なので今はちょっとだけ、寂しい時間になっている。  横にちらりと目を動かす。一歩遅れた場所で、小谷さんが歩いている。両手で持った鞄には、猫のキーホルダーが揺れている。一歩遅れた、というのが、僕たちの微妙な距離感を証明している気がした。 「小谷さん、猫好きだよね?」  いきなり話題を振られて、小谷さんの眼鏡の奥の瞳がまん丸になった。夕日を見ながら何を考えていたのかな、とか思ってしまう。 「キーホルダーも猫だし、筆箱も猫じゃない?」  少し恥ずかしそうに、小谷さんがうつむいた。そのしぐさがとても可愛らしくて、どきりとしてしまう。 「うん。猫ちゃん、好きなんだけど、うちはお父さんが猫アレルギーで飼うことができないんだ。だから、いつもスマホで猫ちゃんの動画を観ているんだけど、おすすめ動画が動物ばっかりになっちゃって」 「ああ、わかる。何回か観続けていると、そればっかりになるんだよね」  小谷さんが猫好きだというのは、察することができる。身につけているアクセサリーとか、小物が猫のものだし、今度発売する新刊も、猫が出てくる小説だった。  こうして一緒に下校するようになったのは、つい最近のこと。図書館にいる時は役割分担が別々なので、あまり会話しないし、顔を合わすこともあまりない。以前は周りの目を気にして、図書館で別れていたけど、今は駅まで一緒に帰って、電車の中でも一緒だ。  夕暮れの時間。放課後にぶらぶらと図書館に寄ったとき、初めて小谷さんと出会った。本棚の曲がり角でぶつかったのが最初だ。小谷さんが持っていたのは、魔法使いと不思議な猫というファンタジー小説だった。お互いに何度も謝ったのを覚えている。  今時、図書館を利用するなんて珍しいな、なんて思って、次の日も来たらまた居た。勇気を出して話しかけると、図書委員で、毎日ここに足を運んでいることを知った。それ以来、僕は図書委員でもないのに、小谷さんの仕事を手伝っている。  図書委員といえど、今はネット時代。貸し出し窓口の仕事以外にやることもほとんど知れている。何故ならみんな、あまり本を借りないからだ。返却が面倒だし、大抵のことはネットで済む。そんな中、真面目に図書委員としての仕事をしているのは、小谷さんだけと言ってよかった。 「高橋くんの家は、猫ちゃん飼っているんだよね?」 「うん。僕の家は、母さんが結婚する前から飼っていたマンチカンがいて、今はその子どもたちの二代目なんだよね」 「へぇ〜、いいなぁ。マンチカン、脚が短くて歩き方可愛いよね。名前はなんていうの?」 「親がスピカとアークっていう、星にちなんだ名前だから、子どもたちも星の名前。デネブとアルタイルっていうんだ。まあ、名前付けたのはうちの両親だけどね」  小谷さんが感激したようにうんうんと頷いている。目がきらきらしているところを見ると、ホントに猫が好きなんだなってわかる。こうして会話が盛り上がると、駅までの時間がとても短く感じてしまう。  一歩空いた僕たちの距離。そこを埋めて、小谷さんの手を握る勇気は、まだ持っていない。  
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