最終話 約束

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最終話 約束

「愛と誠実、これこそが結婚の真髄です。二人は出会い、一つになることを選びました」  結婚したあの日(・・・・・・・)から、三ヶ月。  教会の祭壇には白い花々が美しく飾られ、ステンドグラスからはやわらかな光が降り注ぐ。  優美なレースとシフォンを組み合わせた真っ白なウェディングドレスは、新婦の体のラインを美しく引き立てた。スカートは床に広がり、長いヴェールは幻想的な雰囲気を醸し出している。  神父は新郎と新婦を見つめて優しく微笑み、さらに言葉を続けた。 「結婚は、人生の素晴らしい旅路の始まりです。この旅路はときには晴れやかな日々であり、ときには嵐のような試練が待ち受けます。しかし、愛と誠実、そしてお互いへの深い尊敬の心が、どんな試練にも立ち向かい、克服する力を与えてくれるでしょう」  礼拝堂内は静寂に包まれていて、神父の声だけが響いている。  嵐のような試練なら、もう耐え抜いた。  この先なにがあろうとも、すべてを克服できると確信している。 「今日ここで、あなたたちはお互いに愛を誓います。この誓いは神の御前で行われ、私たちは証人となります」  神父と、そして後ろにいる参列者が証人となる。  すでに心は夫婦であったが、証人ができる宣誓というのは特別で、胸は高鳴った。 「新郎エヴァンダー、新婦ルナリー。あなたたちは互いに対する永遠の愛と誠実を、証人の前で誓いますか?」  エヴァンダーとルナリーは互いに目を合わせ、微笑みながら同時に声を上げた。 「はい、誓います」  二人で交わす誓いの言葉はどこかくすぐったく、だけど誇らしい。 「ここに神の祝福を受けた愛が確かめられました。では愛を証明するキスを交わしましょう」  神父に促されて、エヴァンダーがヴェールをあげてくれる。  ルナリーが見上げると、この世で最も愛する人が目を細めて微笑んでいて。  目をそっと瞑ると、温かいものが唇に触れた。  その瞬間、わぁああっと参列者の声が上がり、ルナリーとエヴァンダーは祝福の空気に包まれた。  父の泣き顔と、母の満面の笑顔。  エヴァンダーの両親と兄、それに二人の姉たちが満足そうに胸を張っている。  新しく選ばれた聖女が二人と、その護衛の騎士たちも祝福してくれて。  ルナリーとエヴァンダーが微笑むと、二人並んだアルトゥールとゼアが、誰よりも幸せそうに見守ってくれていた。  ***  ルナリーとエヴァンダーが結婚式を挙げてから、さらに三ヶ月が過ぎた。  ルナリーは炎の聖女のように、不名誉な聖女として後世に伝えられていくことはなかった。  エヴァンダーとアルトゥールが国王に交渉してくれ、隅々まで状況を公表してくれたのだ。  そのおかげで、ルナリーは蔑まれるどころか英雄“巻き戻り聖女”として崇められている。  もちろん、護衛騎士の二人も。  魔女が作った命を延ばす秘薬は、結局どんな材料を使っていたのかわかっていない。  もし作れたなら、相当な金額で売れるだろう。  しかしあれは作ってはならないものだと、法律で禁じられることになった。  自分は飲んでおいてなんだが、ルナリーもそれでいいと思っている。  長く生き過ぎては、きっと孤独なだけだから。  ルナリーは夕食を作り終え、シュルッとエプロンを外した。  その瞬間、ガチャリと扉が開く。 「おかえりなさい、エヴァン様!」 「ただいま、ルナリー」  仕事から帰ってきた夫を迎えて、ルナリーは音を立てて夫とキスを交わす。  新居はウィンスロー侯爵家のように大きくはなく、通いの使用人が一人いるくらいの小さめの屋敷だ。それでもルナリーにとっては十分広い家だったが。  ルナリーは妊娠を期に聖女を引退した。  それと同時にエヴァンダーも護衛騎士を辞め、今は後進の指導にあたっている。  新しい聖女はゼアのアドバイスを受けて二人いるのだが、聖女教育は『約束したから』と全面的にゼアが引き受けてくれている。  いつまでこの国にいてくれるのかはわからないが、ルナリーにとっては大助かりだ。 「今日からよね? ゼアさんが新聖女たちと一緒に、結界を張る旅に出るのって」 「ええ。アルは聖女ゼアの護衛騎士として、一緒に旅に出ました。新聖女二人と、その護衛騎士たちも一緒に」 「すごい、大所帯ね」 「一通り学び終えたら、ルワンティスのように分担できるようになるでしょう。私たちの時のようなハードスケジュールにはなりませんよ」 「それならよかったわ」  しばらくの間は大変だろうが、これでようやくイシリア王国の聖女も、寿命を大きく減らさずに済むようになる。  欲を言えば、もう少し聖女を増やしたいところではあるが。  ルナリーはほとんど準備を終えていた夕食を、テーブルへと運ぶ。 「ゼアさんはいつまでいてくれるのかしら……ずっと住み着いてくれたら嬉しいけど、そうはいかないわよね……ルワンティスの大事な聖女だし」 「ああ、そのことですが」  エヴァンダーは当然のようにルナリーを手伝ってくれながら、うっすらと笑った。 「陛下がルワンティスの女帝と交渉して、毎月上級魔石を三つルワンティスに贈ることで、ゼアさんの滞在を認めてくれるそうです。ゼアさん本人の希望があっての交渉でしたので、割とスムーズに決定したようですよ」 「わぁ、そうなのね! よかった、ゼアさんが帰っちゃったらさみしいもの」 「そうですね。アルも聖女ゼアが帰ってしまうのはつらいでしょうし」 「あら、やっぱりアル様ってそう(・・)なの?」 「どうでしょうね。よく喧嘩していますが、満更じゃなさそうですよ」 「ふふっ」  どうなるかわからないが、あの二人はお似合いだとルナリーは思っている。  いつか、吉報が届くようにと祈るくらいしかできないけれど。 「さぁ、食べましょう? 今日はエヴァン様の誕生日だから、張り切っちゃった」 「ああ、それで食卓にクッキーが並んでいるんですね」  エヴァンダーが嬉しそうに笑ってくれるので、ルナリーは少しはにかみながらも頷く。 「うん……ちゃんと食べてもらいたかったから。でもケーキまでは手が回らなくて、ごめんなさい」 「十分です。先にひとついただいても?」 「もちろん! あ、私が食べさせてあげ……きゃっ」  慌てて食卓に向かおうとすると、自分の足に引っかかる。  倒れそうになった瞬間、エヴァンダーにグイと支えられた。 「大丈夫ですか」 「ありがとう、エヴァン様」 「気をつけてください。もう一人の身体ではないのですから」  怒るようには言われず、優しく目を細められてルナリーは頷く。  このお腹の中に、赤ちゃんがいる。  愛する夫との、大事な大事な命が。  ルナリーはクッキーに手に取ると、エヴァンダーの口元へと運んだ。  開けられた口の中に入れてあげると、サクッと音がして味わってくれる。 「ど、どう……?」 「今まで食べた中で一番おいしいですよ」 「もう、またそんな喜ばせることばかり言って」 「事実ですが」  真剣な顔をして見つめられて、ルナリーの顔は熱を持ち始める。  あの日(・・・)に結婚してから半年が経っているが、ドキドキさせられる頻度はちっとも変わらない。  エヴァンダーはふっと微笑んで、ルナリーの髪を梳かすように指を入れられた。 「エヴァン様……」 「来年も再来年も、祝ってくれると思うだけで幸せです」 「もちろん! 何年後だって、何十年後だって祝うわ!」  今度こそ、命が尽きるまで──毎年。  記念日があれば、いつだって。  ルナリーの言葉に、エヴァンダーは本当に嬉しそうににっこりと笑って。 「ありがとう……愛しています」  ルナリーの唇は、エヴァンダーのもので覆われる。  クッキーを味見した時よりも遥かに甘いものが、ルナリーの全身に伝わっていった。  イシリア王国の王都に住む巻き戻り聖女とその元護衛騎士。  その仲睦まじい姿は、そこかしこで目撃されていて。  誰もが知るおしどり夫婦となった二人は、イシリア王国の愛の象徴として謳われていくのだった。
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