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常闇に光
藍二の姿は、少し前から見えなくなっていた。震える手でしっかりとハンドルを握る。自転車から降りて、道ゆくラフな格好の男性に声をかけた。
「あ、あのっ、今、今の事故って……」
「ああ、なんか男の子がバイクで事故ったらしいよ。まだ若い子だって。さっき救急車で運ばれてったよ。よく見えなかったけど、バイクはめちゃくちゃだし、もしかしたら……」
男性はそこまで言うと口篭って、じゃあと、去っていった。俺は軽く会釈をして現場のあたりを遠目に眺めた。
「どうか、無事でいてくれ……藍二……」
祈るように空を見上げる。星がとても綺麗に見えた。
大丈夫。大丈夫。
藍二はもう二度と俺の前に化けて出たりなんかしないはずだ。
来た時よりも時間をかけて、家までの道のりをゆっくりと歩く。通りを走る車はだいぶ少なくなった。携帯は家に置いてきてしまったから、今が何時なのかもわからない。何時に家を出たかもわからないから、時間の感覚が全くない。
ただ、頭上に瞬く星は綺麗で、吐き出す息はますます白さを増した。たぶん、夜中といっても良いくらいの時間にはなっているんだと思う。
歩道橋を自転車を引いて登る。階段を上り切って視線をまっすぐに向けると、透き通る姿に見知った顔。全身の血の気が引いていくのを感じた。
「……どう、して……」
足がすくんでそこから進めなくなった。吐き出す息が短く荒くなる。
悲しい顔をして、こちらを見ている藍二の姿に、嘘であってほしいと願う。
『真昼のこと、よろしくな』
悲しげな笑顔を残して、深い黒の闇に、光の粒となって藍二は消えた。
「そんなの、しらねぇ。ふざけんな……」
俺は、藍二を助けてやれなかった。
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