ジンバ

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どうやら、ドリガの連中は本気で俺を息子のジンバだと信じているらしい。 今のところは怪しまれてないが、声だけは真似ることはできないので、ボロが出ないよう、戦争のストレスで失声症を患ったことにした。 1日中、声を出せないのは苦痛だったが、これも金のためだ。 奴らの金庫の在り処は調べがついた。問題は暗証番号だが、まあ、調べようはいくらでもある。 報酬が入って、資産を盗めばここからおさらばだ。まあ、ここの生活はそこまで悪くない。 じっとしていても、使用人が身の回りのことはしてくれるし、豪華な飯も、ふかふかのベッドもある。時々、愛想よく笑ってやれば、ジンバの親は大喜びする。とにかく平和だ。 しかし、平和ってのは、どうにも退屈過ぎて、俺の性に合わなかった。 暴れたいというわけではない。ただ、何もしないということが、こんなにも苦痛だとは思わなかった。 庭園に移動し、人気がないことを確認してから手帳を開く。今後の計画について整理していると、そこにルーシーが駆け寄ってきた。 「なんの用だ?」 ピタッと俺の目の前で止まり、座り込んで首を傾げてきた。 犬は利口だ。匂いで俺がジンバではないことに、薄々気が付いているかもしれない。 あとあと面倒になるなら、静かに始末する必要もあるだろう。 それも計画に入れておこうと、ペンを走らせた時、ルーシーが突然、俺の手帳をひったくろうとした。 「てめえ!離せ!」 ルーシーは尻尾を振りながら、俺の手帳に噛みついて離そうとしない。引っ張りっこのつもりなのだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。 力を入れて引きはがそうとしたその矢先、手帳がびりびりと音を立てて破れてしまった。 「この野郎!」 腹を蹴り飛ばすと、ルーシーはきゃんと悲鳴を上げて倒れた。 咄嗟に腰に刺していたナイフに手を伸ばし、怒りに任せて近づいた。 ルーシーは地面にへたりと跪いて、耳をへたっと閉じてくんくんと怯えたように鳴いていた。 「・・・くそ」 その姿に、なぜか俺の中の怒りが静まった。同情なのか、それとも可哀そうだと少しでも思ったからか? そんなはずはない。狂犬と呼ばれた俺が、そんな理由で刃を収めるわけがないのだ。 これまで命乞いをしてきた相手を殺すことは多々あった。 なら、なんで、今俺は犬一匹にこんな気持ちになるのか。 訳が分からなくて俺は庭園から逃げるように立ち去った。 夕食の時、ふと暖炉の上に飾られていた写真に目が留まった。 ジンバ本人が、ルーシーと共に表彰台の上に乗って、人間の頭程の大きさのカップを掲げている。 「ああ。懐かしいな。あのドッグコンテストから3年も経つのか」 父親が俺の視線に気づいたのか、フォークを置いて、一緒に写真を眺めた。 「戦争が始まる前だったものね。時間も忘れてルーシーと一緒にトレーニングしてたわね」 母親はにこやかに笑い、思い出に浸るように目を細めた。 「最初、野良犬だったルーシーを引き取りたいと言ったときは、驚いたよ。お前が責任を持って育てられるかと聞いたら、お前は何と言ったか覚えてるか?」 突然聞かれ、俺はとりあえず首を縦に振った。 「この子に一番必要なものはご飯でも水でもない。愛なんだ。・・・そう言われて、私は度肝を抜かれたよ。実際にルーシーはお前に一番なついていた。お前は沢山の愛情をあの子に注いでいたんだ」 普段の俺なら、愛だのなんだの、くそくらえと吐き捨てただろう。 だが、昼間の出来事もあって、俺は顔をしかめた。 たかが犬だ。なのに、俺は気持ちをドライにできないでいる。 「・・・あの頃に戻りたいわね」 母親が寂しそうに言うと、父親が優しい眼差しを向けて語りかけた。 「これから取り戻そう。またあの頃みたいな幸せな時間を作るんだ」 「そうね」 俺は家族というものを知らない。孤児だった俺はすぐに団長に拾われて、そのまま戦い方を徹底的に叩きこまれた。 俺とジンバは生き方が全く違う。だが、今俺はジンバとして生きなければならない。 愛を知らない俺は、果たして彼らの思うような息子になれているのか。 そう思って、俺は自分に驚き、戸惑った。 なんで、俺は今、こいつらのためになることを考えた? 動揺して、その夜の食事は味がわからなかった。 夜、俺は外にあるルーシーの小屋へ行って、中を覗き込んでみた。 ルーシーは体を丸めて、俺のことを丸い目でじっと見つめてきた。 「なあ。さっきは悪かったよ」 なんとなく、このままじゃいけない気がして、俺はしゃがみこんで謝った。 すると、ルーシーは小屋から顔を少し出して、俺の手をすんすんと嗅いだ。 「実は俺は、お前の知っているジンバじゃないんだ」 こんなこと、他の連中に聞かれたらおしまいだ。でも、こいつだけには、やっぱり言っておきたかった。 ルーシーはジンバを愛していたんだから。 「俺は顔がそっくりな赤の他人だ。だから・・・」 そこまで言って、所詮は犬だから、人の言葉なんて理解できないだろうと思い直す。 何をやっているんだ。俺は。 そう思って苦笑いしていると、ルーシーが今度は俺の手をそっと舐め始めた。 そして俺の顔をじっと上目づかいで見つめてきた。 「やっぱりお前はわかってるんだろうな」 犬だったら嗅覚で俺がジンバじゃないって気づくだろう。でも、こいつはよそ者である俺のことを心配そうに見つめてくる。 なんで、お前は俺をそんな目で見てくるんだ?俺はお前に酷いことをした。それだけじゃない。俺は人殺しで、狂犬なんて呼ばれるくらいに残酷なことを何度もしてきたんだ。 ルーシーは、俺の手に顔をこすりつけてきた。 思わず、頭を撫でてやった。 嬉しそうにくんくんと鳴きながら、ルーシーはしばらく俺の手に甘えてきた。
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