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編入学二日目の朝。一緒に登校しようという桜士を振り切って、憂姫は一足早く叔父宅を出た。
「取り巻き女子に遭遇したら、面倒じゃん」
災いのリスクになるような種は、極力撒かないでおくこと。
「新天地での鉄則じゃん。とことん甘いな、桜士」
まだ人気の少ない校舎までの並木道を憂姫は独りごちながら進み行く。その隣へ、そっと寄り添う人物が一人現れた。
「おはよう、ユキ」
「あ、へ……」
「『へ』?」
ヘルメット男子━━と言いかけて、慌てて口をつぐむ。初日に何かと世話を焼いてくれた、クラス委員長の日吉勉だった。
「ヘイ、ツトム委員長」
「何それ、『ヘイ、Siri』みたい。僕のことも呼び捨てでいいってば」
何だか昨日と違って馴れ馴れしいキャラが憑依した勉に乗っかって、憂姫は改めて挨拶を交わした。
「おはよう、ツトム。さすが、早……」
「はい、ユキ。昨日頼まれていたもの」
華奢な女子生徒のような白く長い指を備えた掌には、綺麗にファイリングされた学習ノートほどの厚みの資料が一冊。まるで家臣が戦利品を献上するように、勉は粛々と憂姫の目の前に差し出した。
「クラス全員の名簿と、趣味趣向並びに力関係のヒエラルキー表」
━━そうだった。昨日、ヘルメット委員長・勉に依頼していた阿佐東高校二年B組の勢力構成図……。
「もう作ってくれたんだ」
「改めて書き起こしてみたら楽しくて、一晩で仕上げちゃった。役に立ててよ」
「助かる。ありがとう、ツ……」
「これからも、遠慮なく頼ってよ。僕で良かったら、ユキの力になるから」
━━あれ。
「三人目……」
「ん?」
「何でもない」
①狭間主税(25)【アルバイト先の店長】
②黒川桜士(16)【同居中の従弟】
③日吉勉(17)【クラス委員長】
三番手の助っ人登場に、憂姫の中にくすぶっていた腹黒姫の血が騒ぐ。
『母さんね。十五の歳から、片手の数……五人以上の男から常に助けてもらえるの』
呪文のように、幼い頃から母が枕元で唱えていた台詞が脳裏をよぎる。
━━とりあえず、三人は確保したってことか。どこまで追いつき追い越せるかな、母さんに。
いずこへ逃避行したかも分からぬ母へ向け、憂姫は心の中で宣戦布告の狼煙を上げた。
さて本日は……吉事と凶事、どんな割合で向かってくるのだろう━━。
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