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教室は必要以上に静まり返っていた。
『黒川憂姫』
黒板のセンターにカツカツと白墨を踊らせ、憂姫は自らの名を記す。声に出し読み上げた後にペコリと頭を下げると、隣でスピーカーを通したのかと思うほどの大声の持ち主からリアクションがきた。
「ほぉ、達筆だなあ!」
阿佐東高校二年B組の担任教師・堺路男は、必要以上に声を張る性質らしい。その上、さらには必要のない情報まで広めてくれた。
「県内トップクラスの学力を誇る城北高校の、さらには進学クラスからの編入だからな。お前ら、分からん課題は黒川に教えてもらえ。先生より頼りになるぞ」
純朴なクラスメイト数人が「はーい」と返事をする中、あからさまに「チッ」と音を立てた舌打ちが聞こえる。
━━まあ、そうだよな。初日からマウント取るような情報を与えられたら、そりゃ舌も打ちつけたくなるわな。
その程度のことは想定内だと、心の中で憂姫はうなずく。
「じゃあ、黒川の席は窓際の最後尾……灰野未散の隣な」
いくつかの遠慮がちな視線を感じながら、速やかに憂姫は目的地へとたどり着く。晴天の光差す空席の隣に座る女生徒・未散に向けて「よろしくお願いします」と一例したときに事は起きた。
「あっ」
未散の机上に置かれていたペットボトルに憂姫の手荷物が触れて落ち、空席の座面にミネラルウォーターがぶち撒かれてしまったのだ。
自らのハンカチを取り出して拭こうとする憂姫を制したのは、黒ヘルメットのようなヘアスタイルの男子生徒だった。
「いいよ、そのままにしておいて。先生!ペットボトルの水がこぼれたので、雑巾を取ってきます」
「おぉ、さすがクラス委員、日吉勉。頼りになるな」
黒板に書かれた『黒川憂姫』の四文字を消すことに専念していた担任教師・路男は、振り返りながらヘルメット男子・勉を称えた。
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