4人が本棚に入れています
本棚に追加
森深い参道を歩いていると童歌が聞こえてきた。
その声に導かれて険しい石階段を登り、辿り着いたのは桃源郷のような花咲き乱れる美しい山寺だった。
「ここが雪華寺…」
思わず溜息を零し、敬意を払うように被ってきた笠を脱ぐ。
古びた対の灯籠を間を潜り、足を踏み入れた途端、不思議と凛と空気が澄んだ。
眼前に佇む戸の開かれたお堂では幼子達が仏像の前で戯れ、夕餉の支度で娘達が駆け回っていた。
「あれ?お客さん?」
そんな声に、驚いて目を向ける。
灯籠のすぐ脇、見事な花を咲かせる白梅の根本で、胡座を掻きながら木刀を担いだ小僧が首を傾げていた。
「お侍さん、雪華様の結界を通れるなんて凄いね。おーい!和尚ぉ!お客〜!」
すっくと立ち上がり、小僧は声を張り上げる。
その声でこちらに気付いた子供達は何故か怯えたように蜘蛛の子を散らし、娘達も警戒の色を見せた。
「ここの女は男嫌いだから近寄らない方が良いよ?おーい!和尚ぉ!」
忠告のように小僧は告げ、スタスタとお堂の中へ。
間もなく入れ替わるように現れた御仁の姿に、吉次郎は込み上げる涙を堪えて、深く頭を下げた。
「お久しぶりです、兄上」
そう告げて顔を上げた彼にこの寺の住職、瑞雲は息を呑み、ただ一言かつての弟の名を呼んだ。
かれこれ二十年振りとなる兄弟の再会だった。
最初のコメントを投稿しよう!