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 和也は署長の顔を前から知っていた。  戦争が終わっても威張りくさるその性根は少しも変わっておらず、和也はうんざりしながら話を聞いていた。 「え〜つまりぃ、現在我らは非常に忙しい身であり、このような雑事にはかまっておられぬ。であるからして、貴様のような暇人にこの役を伝えようというわけである」  やれやれ。  和也は隠しもせずにため息をついた。 「何か不満でもあるのか?」 「なぜ一民間人の自分が、そんな警察官や探偵みたいな真似をしなきゃいけないんですか?」 「貴様ぁ、不服と申すか!」  怒りに震える署長だが、その姿はどこか芝居臭く滑稽だった。  戦争中とは違い、もはや気に入らないというだけで警察官が民間人をしょっ引ける時代は終わっていた。 「大体田舎の未解決事件なんていくつもあるでしょ。たがたが宝石が盗まれたくらいで何でそんな……」  署長は和也の言葉に口をピクピクと震わせた。まるでナマズのヒゲのような小刻みな動きに、和也は思わず吹き出した。 「一つ言っておくがなぁ」  署長は顔をぐっと和也に近づけると、声を潜めた。 「今、日本を支配しているのはGHQの奴らだということを忘れるなよ。連中が指図しなきゃ、誰がこんな田舎の事件相手にすると思ってるんだ? えぇ?」 「GHQが?」  和也は顎に手をやると、眼前の署長から視線を外した。  考え事をするのに、岩のようにデコボコした署長の顔はただただ気が散るだけだった。  署長の話は、C県の山奥の家で、その家に伝わる真珠が不思議な失くなり方をしたとのことで、その捜査に行ってほしい(実際には)という内容だった。  なぜそんな事件に、わざわざGHQが口を出すのか?  ただの嫌がらせか?  権力の誇示か?  少し考えてから和也は口を開いた。   「ひょっとしてその村には、何か古い言い伝えとかあるんじゃないですか?」 「ほぅ。勘がいいな。あるよ、確かにな。蛇に化ける人間の言い伝えがあるそうだ」  署長はニヤリと口元を歪めて答えた。 「やはりそうですか」 「どうして分かった?」 「GHQは今、この国の近代化、欧米化を図っています。警察組織の刷新なんてのは序の口。教育、思想、根本から変えようとしています」 「だから何だ!」 「その宝石の盗難事件、地元では蛇の仕業とでも言われているのでは?」  署長がギョッとした様子で、飛び上がった。 「なるほどね」    今度は和也がニヤリと笑う番だった。  もっとも署長のそれとは違い、白い歯がキラリと光る和也の笑みは、婦人警官がその場にいたら間違いなく見惚れるて仕事が半日は手につかないであろう光景だった。 「蛇人間が宝石を盗んだなんて話、科学捜査と現実主義のアメリカ人からしたら我慢がならないでしょうからね」  和也はそう言ってから、自分のこめかみを人差し指でコツコツと叩いた。 「もっとも教師が変わったからといって、生徒の頭の中身がいきなり変わるわけじゃない。この間まで証拠なんか無視して、取り調べで吐かせればそれだけで有罪にできた国の警察に論理的な捜査なんか到底無理だ。それで僕のところにきたんですね」  少しの間苦々しげな様子で顔中にしわをつくっていた署長だったが、すぐに認めたほうが得策と思ったのか、あっさりと頷いた。 「その通りだ。貴様があの満州で解き明かした謎は我々の耳にも入っている。貴様なら、GHQが好むような論理的な答えを出せるだろう?」 「……」 「行ってくれるな? 返事を聞こう」
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