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 月島家は駅からオート三輪で30分ほどの、小さなふもとの村を抜けた先の山の中腹にあった。周囲を竹藪で囲まれており、他には一軒も家がなかった。  署長の話では名家とのことだったが、手入れのあまり行き届いていない白壁、瓦の剥げた屋根を見るに、というほうがふさわしいのではないかと和也は思った。 「よく来てくださいました」  オート三輪から降りると、さっそく黒の着物に、見事に髪を結い上げた肌の白い美人が和也を迎えた。 「現在、当家の女主人を務めております、月島裕香(つきしまひろか)と申します。和也様のことは署長からすでに伺っております」 「堂守和也です。どこまでお役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします」  和也がそう言って頭を下げると、裕香の後ろからぴょんと顔を覗かせた者がいた。 「今の日本に探偵なんているのねぇ」  朗らかなその声の持ち主は、おさげ髪にモンペ姿というごく一般的な日本の少女だった。ただし好奇心に輝くその猫のような目と少し生意気そうな口角の上がった口元だけは、今の日本でも滅多に見られないものであった。  それにしても、名家の人間が探偵などという言葉を知っているとは。和也は少し驚くとともに、自分でも知らないうちにかしこまっていた肩の力が抜けるのを感じた。 「静香さん、ちゃんと自己紹介なさい」  裕香がたしなめるように言い、少女は目をくるりと回した。   「はじめまして。月島静香(つきしましずか)といいます。この家の娘です。今、15歳です。あ、学校には通ってません」 「僕もだよ」  和也が真顔でそう言うと、静香はケラケラと声を出して笑った。 「亡くなった主人の一人娘なのですが、箸が落ちても可笑しいような年頃でして」  恐縮する裕香に和也は手を振った。 「賑やかでいいじゃないですか」  敷地内には屋敷が一つと、離れに小さな土蔵の蔵があるだけだった。  人の声は全くしない。  中矢を入れて三人の暮らしだとしたら、屋敷はあまりにも広すぎる。  そんな和也の考えを読んだのか、裕香が口を開いた。 「実は家にはもう一人おりまして。半年前に、主人の弟がドイツから帰ってきたんです」 「ドイツから? よく無事でしたね」  同盟国のドイツに、日本から軍人が派遣されていたとしても不思議ではない。  だがベルリン陥落の凄まじさは和也の耳にも入ってきている。よく生きて帰ってこれたものだと、和也が関心して言うと、裕香が口ごもった。 「それが……」 「全然無事じゃなかったわよ」  脇から静香が言ったが、今度は裕香もたしなめなかった。 「全身に傷をおって、包帯でぐるぐる巻きなのよ。まるで木乃伊(ミイラ)みたい」 「あとでお目にかけると思います」  裕香はそう言うと、すぐにでも和也を事件現場に案内したい素振りをみせた。  和也が「さっそく事件の説明をお願いします」と言うと、裕香は嬉しそうな顔を見せた。  中矢がオート三輪の側に立ったまま、じっとその様子を見ていた。
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