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 自己紹介もそこそこに裕香は和也を事件現場となった蔵へと連れてきた。  石造りの土台に、土壁を塗られて作られたその蔵は和也がこれまで見てきた蔵の中では比較的小さい部類だった。  入り口につけられた錠前を外すと、裕香は中へと案内した。二階部分は存在せず、板の間の一階部分の上に、いくつかの細々した荷物が置かれていた。  そのせいか、外から見た時よりもずっと中は広く感じられた。 「戦後、ほとんどのものを売り払いましたの……」  言い訳するようなか細い声で裕香が言った。 「どこも大変でしたからね。今もまだ大変な家は多いと思いますが」 「本当に」  裕香は部屋の中央を指差した。 「ここに宝石箱がありまして、その中には特大の黒真珠が入っていたのですが、一ヶ月前、箱の中から忽然と消えてしまったのです」 「誰がそれを最初に知ったのですか?」 「私です。そもそも宝石のことはこの家の者しか知らないはずなんです。その、あの宝石はこの家に唯一残った宝物でして、毎日夕方、宝石の無事を確認していたのですが……」 「しかし、それならなぜ金庫に入れて置かなかったのですか?」  和也の言葉に、非難されていると感じたのか、裕香は少し声を強くした。 「あの蔵の入り口の鍵は特注品ですわ。複製品を作ることも、もちろんこじ開けることも不可能なものです」 「しかし消えた」  和也はそう言って、蔵の中をぐるりと見回した。掃除が行き届いているためか、床に埃はほとんどなかった。 「ここの掃除は誰が?」 「私です。鍵も普段私が管理してます。鍵が私の知らないところで盗まれたということは、絶対にあり得ません」 「中矢さんや静香さんがここに入る機会はありましたか? ああ、それから最近帰ってきたとかいう義弟さんは?」 「中矢さんには庭の掃除や買い出し、料理をお願いしてますし、静香さんには義弟の看病を頼んでいますが、ここの掃除は任せてません。義弟はそもそも日がな部屋にこもってますし……」  最後のほうの曖昧な言い方に、和也はこの和装の美女が義弟をどこか疎ましく思っているのではないかと感じた。  ただしこれが演技だとしたら、相当したたかな女だ。  和也は少し視点を変えることにした。 「それで、地元の警察は何と?」 「その、全くのお手上げみたいで」  一瞬、裕香の視線が上のほうへ向けられたのを、和也は見逃さなかった。  その視線を追うと、壁の上のほうに通気口があるのが分かった。長方形の穴だったが、かなり小さく、大人が入るのは難しいと思われた。 「あの穴から何者かが入り込んだ。そういう判断はされなかったんですね?」 「……」 「まあ、普通の人間ではあの通気口を通り抜けるのは難しいでしょう。あの直径ではどうしても肩の辺りが両脇につっかえてしまう」 「そうです」  裕香はもう視線をさまよわせなかった。まっすぐ和也を見つめて言った。 「だからふもとの村の人たちはこう言っています。蛇に変身して入り込んだのだと」
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