真実は朝日とともに

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ある小さな国の死刑囚が入る地下牢。所々雨がしたたり落ちる冷たい石室の中で鉄格子越しに少女と死刑囚である男性が明日に死刑執行控えながらも夜な夜な会合していた。 「久しぶり、お兄さん!」 血がべっとりとついた大鉈を不釣り合いで小さすぎる背中に担いだ白髪の少女はサファイアのように青い目が印象的な男性にそう言って笑いかけた。 「あぁ君か、大きくなったね」 体の所々がボキボキに折られた初老ぐらいの男性は少女を見て、少し歪な笑顔を向けた。   「そう?前会った時からあんまり変わってないと思うけど……」   少女は自分の体をじっと見ていたが、ハッとしたように彼女は男性に向き直った。 「そうそう、お兄さんの死刑執行人。私になったんだよ!うれしい?」 少女は嬉々として目を輝かせながら男性にそう告げた。 男性はそんな少女を腫物を見るように眺めながらふーッと一旦息をついた。 そんな男性の様子に少女はその細い眉を下げた。 「痛い?ごめんね。お兄ちゃんたちがひどく殴ったから苦しいよね」 少女はぺたりと冷たい石畳に座り込み、鉄格子越しに男性の頭を撫でた。 彼女は慣れた手つきでその男性の頭を撫でていた手を首まで移動させ、喉仏まで手が移動するとグッと少し力を込めた。 「うっ……」 男性はその瞬間に苦しそうにうめき声をあげて、バタバタとまるでアヒルのように手足を動かした。少女はその姿に満足そうに笑うとパッとその手を離す。 ゴホゴホと男性が急に入ってきた空気を体に慣らしていれば少女はまるで穢れを知らない純粋な乙女のような顔で男性に笑いかけた。 「あと何日かで私が楽にしてあげるから待ってて!あなたの罪も全部ぜーんぶ私が裁いてあげる!」 少女はまるで巣から落ちたひな鳥を救うかの如く純粋に笑っていた。その姿に男性は目頭が熱くなる感覚を感じて上を仰ぎ見る。 そんな男性の様子に少女は不思議そうに首を傾げた。 「あれ、お兄さんうれしくないの?」 「え?」 その言葉に男性も首を傾げる。 「なんでそう思ったんだい?」 男性は優しい声音でそう聞けば少女は少ししょんぼりした様子でうつむいた。 「お兄ちゃんたちが言ってたの。人間はこうやって殺してあげるって言っただけで絶叫したり、怒ったりするもんだって。でもそれはうれしいの裏返しだから喜んでいいんだって言ってたの。でもお兄さんは上を見るだけ。うれしくないの?」 少女は今にも泣きだしそうな顔で男性の顔にその小さな手で触れた。その顔には血が飛び散っていながらもそのシトリン色の瞳は物憂げにユラユラと揺れている。 男性は少女の言葉にまた息を吞みながらもにっこりと笑いかけた。 「そんなことないよ、うれしいよ」 男性はまた歪んだ笑顔を少女に見せながら、優しい声音でそう言った。 「ほんと⁉お兄さんがうれしいと私もうれしいなぁ~」 少女ははしゃぐようにその場でぴょんぴょんと跳ね回った。 そんな少女を何とも言えないような目で見つめていた男性だったがハッと思い出したかのように男性ははしゃぐ少女に話しかけた。 「なぁ、ちょっと君に渡したいものがあるんだけどいいかな?」 そう男性が言えば少女はさっきまでの喜びようが嘘のように消え失せ、不機嫌そうに眉間にしわを寄せたのだった。 「お兄さん、そう言って危ないもの渡すつもりなんでしょ。今までそう言って爆弾とか、毒とか渡してきた人たくさんいたもん」 「そ、そんなものじゃないよ!少なくとも君にとって大事なものになるはずだよ!」 男性は必死になって説得を試みるが少女はさらに不機嫌そうに眉間にしわを集め、男性に怒鳴った。 「さっきうれしいって言ったくせに、私に殺されるのはやっぱり不安?嘘つき!」 そう言って少女はそっぽを向いてしまった。男性は困ったように眉を下げながら少し考えるそぶりを見せた後、ハッと思いついたかのように少女に提案した。 「じゃあ君が僕を殺した後、僕が渡したかったものを受け取るっていうのはどうかな?」 男性がそう言えばそっぽを向いていた少女はピクリと耳を動かした。 「殺した後?どうやってもらえばいいの?」 少女は首をコテンと傾げた。男性はその姿ににっこり笑いながら顎をくいくいと振って自分の胸元を指した。 「僕の胸元のリボンについている小さな金色の宝石があるだろう?これを君にあげたいんだ。君の瞳とおんなじ色の宝石。僕が死んだ後なら、君を殺す意味なんてないはずだろう?」 そう男性が言えば少女はうーんとしばらく唸っていたが、唸り終わるとケロリとして満面の笑みを浮かべた。 「そういうことならいいよ!殺す人からプレゼントをもらうなんて初めてだよ!」 そうきゃっきゃとまたはしゃぎだした少女を優しい目で見ていた男性だったが、後ろの小窓から光が差し込んできた。 朝が来たのだ。 少女の顔に光が当たった。 「眩しい!」 少女はキャッキャと笑ったがその少女を見ていた男性はハッと目を見開いていた。少女は朝が嬉しいというように男性に明るい声色で話しかけた。 「もう朝だね、お兄さん!あともうちょっとで楽になれるよ!」 少女は処刑の準備をしに行ったのかテトテトと足音を軽やかに立てながら自分の背の倍以上ある鉄の戸を開いて出て行ってしまった。 それを見送った男性はギリっと歯ぎしりをして一筋の涙を流した。 「すまない……」 そう男性がつぶやいた声は誰に聞かれることもなく石室の中にこだましていったのだった。 ――死刑執行当日 少女は昨日の夜とは全く別人のような重苦しい服と帽子を被って、処刑台に立っていた。 その顔は誇りに満ち溢れており、胸は鳩のように張っていた。 奥から男性が現れると観衆からブーイングが激しく起こる。時々、ゴミが空を舞って男性にあたったが男性は気にもしないように少女を見つめていた。 男性が処刑台に立ち、頭を台の上に置けば少女の隣に立っていた肥え太り、ぐるりと巻いたひげが特徴的な男が巻いてあった羊皮紙を広げ、大きく宣言する。 「これより、大罪人である人間の処刑を行う。このものは我々の聖なる地に足を踏み入れただけでなく我らが愛すべき王女をそそのかし、連れ去り、挙句の果てに死へと追いやった。これは到底死以外で償える罪ではない!よって死刑を言い渡す!処刑人‼前へ!」 そう男が叫べば少女はキラキラした目で男性の横へと歩いて行った。 少女が鉈を背中から抜いて男性の首へと持っていけば男があざ笑うかのように男性へと話しかける。 「おい、愚かな人間よ。なにか言い残すことはあるか?」 そう言われれば男性は恨めしそうに男を見た後、ぼそりと呟いた。 「この国は天の国なのに、まるで地獄のようだ」 その言葉を聞いた瞬間、男はカーっと顔が赤くなり、少女へと命令を下した。 「さっさと殺せ!出来損ない‼」 その言葉に少女はパッと顔を明るくした。 「はい!」 少女が元気のよい返事とともに鉈を振り下ろした瞬間だった。 「――――」 「!?」 男性が何かを少女に言った瞬間、彼の頭と体は離れた。 その瞬間に観衆が歓喜の声を上げる。 少女は一瞬何が起こったのかわからなかったが、観衆の歓声によって現実に引き戻された少女はその歓声を聞いているうちに気分がよくなった。 自分がしていることがこんなにもたくさんの人の幸せになるのだとまた自分がしたことに誇りを持った。 観衆の上がり切ったテンションも下がってきて、公開処刑場も人が閑散としてきたころ。 男性の首を処刑場の前に縛り付け、少女が男性の体を片付けていた瞬間だった。 「あ」 少女が小さく声を上げると共に袋に入れようとしていた男性の体の胸元からポロリと何かが零れ落ちた。 少女がそれを拾い上げるとそれは男性が少女にあげると言っていた宝石だった。 「すっかり忘れてた!あともうちょっとで捨てるところだったよ」 少女は嬉しそうにその宝石を昼間とは打って変わって昨日の夜に着ていた白いボロボロのワンピースのポケットに放り込んだ。 ――男性の体を焼却炉に投げ込み、その夜少女は昨日男性がいた地下牢の前でその宝石をチラチラと炎が燃えるランプの前にかざした。 キラキラと光るその美しさに少女は見惚れた。 「今まで宝石なんて興味なかったけど、これから処刑する人が持ってないか確認しようかな?」 少女は頬を少し赤らめながらその宝石をいろんな角度でランプにかざした。しかしあまりにもくるくる回しすぎたのか、その宝石は指を滑り落ち、カランとガラスを叩いたような涼しい音を立てながら石畳の上へと落下した。 「あ、いけないいけない」 少女は落ちた宝石を拾い上げ、大事そうに手の中へと戻す。 「お兄ちゃんたちに見つかったら取られそうだなぁ。どこに隠そう」 手の中に収めていた宝石をもう一度見た時だった。 「あれ?」 宝石の土台になっていた金色の枠が少しずれている。 壊してしまったのかと慌てて確認しようとすればその枠は宝石の角を中心としてぐるりと回ったのだった。 その下にはある写真が張り付けられている。 「誰?」 ランプしか光源がなく薄暗い中、少女が目を凝らしてその写真をみてみればそこには少女と同じ色の髪と目をした女の人が昼間に処刑した男性と一緒に幸せそうに笑っている写真だった。 「この女の人も目が金色なんだ……めずらしいのに」 少女は少しその女の人に親近感がわいた。少女は今までこの目の色のことで何度か仲間にからかわれたことがあったので仲間がいたことが単純にうれしかったのだ。 「あれ?なんか女の人の腕の中に誰かいる……」 少女はまた目を凝らし、その女の人が抱えている小さな塊を見つめる。 「あ、赤ちゃん‼」 女の人の腕の中には目の空いていないような赤ん坊が抱かれていた。 「お兄さん、こんなきれいな人と結婚してたんだ。でもなんでこんなとこに来てたんだろ」 少女は首を傾げているとまた小窓から朝日が入ってきていた。 「あ、いけない!二徹なんて体に悪いのに!」 少女は急いで自分の部屋に戻っていった。 朝日が当たった宝石と自分の瞳が金色から青色に変わっているとは知らずに。
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