女僧侶

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女僧侶

 赤い枯れ葉が落ち、陽もまた沈んでいく。  古びたアパートから影が伸び、見上げて(たたず)む老婆をも飲み込んだ。  寒気を感じたように(ひじ)(さす)る。溜め息は疲れの重さを感じさせた。  しゃん――と、全てを清めるかのような錫杖(しゃくじょう)の音。  老婆は振り返った。黄昏時(たそがれどき)とはいえ、歩んでくるその姿、ひと目で僧侶とわかる。 「……あの?」  長錫杖をコンクリートに留めて立ち止まった僧侶に、困惑しつつ声をかけた。  若い女であった。  剃り上げた頭も、アパートを見る横顔も、すっきりと整って美しい。特に瞳は大きく印象的だった。  そういう目が、静かに老婆へ向けられた。 「この建物の大家さんですね――」  乾いた土に、大粒の雫をぽとりと落としたように――心を惹きつける声だった。  言い当てられたこともさることながら、正面から認めた双眸の清さに息を飲み、老婆はただ頷いた。 「……苦労されたことでしょう。人も去って当然です、では」 「え……?」 「経を上げさせてください。修行中の身なれば、金を取ろうなどとは申しません」  当然、老婆は(いぶか)しんだ。しかしもはや、(わら)にも(すが)る思いだった。  僧侶を従え、三階まで階段を昇る。  ちらと振り返り、僧侶を観察した老婆は、何か引っかかった表情をした。 「ねぇ、どこかで会ったことがないかしら」 「覚えはありません」  落ち着いて返した彼女の眼差(まなざ)しは、既に、開いたドアの奥に注がれている。
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